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 家に帰るまでは案の定で「気持ち悪い…」と、サナトは顔を真っ青にしていた。車の中で何度か危ういところもあったが、家に着いたら「うーん…」とマシになったようだ。

「これからは食べられる量頼め、マジで」

 あんまり食えてなかったのかな今まで、と甘やかした俺も悪いが吐きそうなほど食うのはなんなんだ。というか俺が気持ち悪いわ半分以上は処理したぞ。カルビも最早旨いと思えなかったぞ。

「ビュッフェ系の方が良くないかお前」
「びゅっふぇ?」
「…バイキングだよ」
「だって五十嵐さん、一回嫌だって言ったじゃないですか」
「旨くねぇもん」

 余程ダルくなったのか「はぁ…」と溜め息を吐いてそのままベッドに寝転んではくしゃみをしている。
 そういえば、ノートパソコンはAVの停止画面のままだったなとマウスを動かし思い出した。

「…お陰でスッキリしましたよ」
「ん?」

 画面を消してやったがサナトは額に腕を当てながらぼんやりとそれを眺め、虚ろに「それ」と投げやりに言う。

「…スッキリしたって何」
「泣いたり?ご飯食べたりしたら。どーでもよくなってきた」

 へっくしゅ。
 ティッシュ箱を即座に渡す。

「……そうか?」
「えぇ、まぁもういーかなへっ…って思えっし、」
「ねぇ君大丈夫?風邪?」
「ダルいですねぇ」
「飯は食えたよな…」
「減薬してるんで無性になんか、食べたくなったかなぁ…」
「減薬?」
「そろそろなくなりそうなんで」
「大丈夫なのそれ」
「死なないですよ、無くても」

 そうは言いつつ「はぁ、」と重い溜め息を吐いたので、まぁまぁ体温計を渡してやれば「あんまり意味ないです」と言われてしまった。が、結局脇に挟んだようだった。

「減薬してたけど飲んじゃったからあれなのかもです」
「何?」
「んーと、不調というか、一気に」
「ナニソレよくわかんないけど」
「なんだか熱い」
「んーそーなのね」

 最早まともに取り合ってはわからなすぎて拗れる。やめておこうとテキトーに流すとぴぴぴっと音が鳴った。
 「うっへっへ、」と言ったサナトに「何度?」と聞けば妙なテンションで「ゆだってる38.0」とか言うので再び振り向くしかなく。

「熱あんじゃんちょっとぉ…コンビニ寄ればよかったな」
「あはは多分風邪でないです」
「さっきから日本語が曖昧です」
「うーん…寝て治します」
「そーゆー問題?いや風邪薬とか」
「あー、ダメダメより悪くなっちゃう」

 え、なにそれよくわかんねぇけど…。

 こちらが困惑していればサナトはへにゃっと笑い、「大丈夫です」とだけ言う。何が大丈夫だか全然わからなくて却って不安ですけどと顔に書いていれば、

「いま考えたくない」

 と目を閉じてしまった。
 そんなこと言って朝冷たくなってたら非常に怖いんですけどと取り敢えず麦茶とか淹れるべきかな、賞味期限いつのだかわからない気がするけどと立ち上がれば「待って」とシャツの裾を掴まれた。

「何、」
「……あの、」

 しかし間がある。
 ……長い間がある。

 弱めに掴まれたシャツはしかし、辛うじてまだ掴めているのだから、寝ていないだろうとは思うが、「麦茶あるか見てくるから」とあやせば「いい」と短めに返ってきた。

 どうしたもんかと見下ろしていればゆっくりとサナトの目蓋が開いた。まるで、初めて見たもののような、その作りはわかっている。潤んで泣きそうな、けれど強い瞳だって、人生で見たことくらいあるくせに、妙に色を放っているような気がした。

「今日はここで寝ますか」
「…は?」
「いま……ちょっと、ドキドキして寝れなくて」
「は?何のつもり?」
「あの……じゃなくて、」

 言ってからわりとはぁはぁし始め、軽く胸あたりを掴むような仕草。
 なんだそれは。

「…僕が悪いんですけど………、不安すぎて、なんか怖い。動悸?から、少し座っててください」

 イマイチ掴めないけどなんだ、具合は良くないようだなと言われた通りに座ってやればそれだけで静かに、けどかなり泣き始めるのでなんとなく自分の役割を掴んだ。
 しかし「何、」とサナトの目元を拭った、だけなのにびくっとするのだからもう見守るしかない。

「なんが、すませ、」
「…情緒ヤバすぎねぇ?マジで」
「熱い……」
「泣けば寒くなってくるんじゃないのか?」

 こくっと頷くが俺も疲れたなと溜め息が出た。
 何が悲しくてそうなるんだ。

「るぃぜんがボケたみだい」
「何言ってっか全然わからん」
「けど…水、ながみたいだ」

 水の中?
 自然と、そういえばこいつ死にかけたんだっけ、川かなんかで。
 具合悪いのはまぁ情緒のせいで、それは多分俺の絵を見てからなんだと、それも当たり前に振り返った。

 暫く大人しくしていれば自然と目を閉じたので、寝ているかもしれないと、「それって溺れてないか?」と聞いてみた。
 それは逃げられないような感覚なんだろうかと柄になく思えては「ふっ、」と一人何故だか笑えた。俺の情緒もヤバイかもしれない。

 手は離れている。あと少しだし下で作業するか、と、立ち上がれば今度は掴まらない。寝返りは打ったようだった。

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