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うぅ、だの、はぁっ、だの寝付きが悪そうにもぞもぞしていたサナトの存在も、後半は気にならなくなった。
作業をしているうちにふと思い付き、そっと布団からサナトの腕を出そうと思えばどうやら、歯をきりきりしたりして、また泣いたあとのせいか目蓋が腫れたりしていて相当ブス顔だった。
「ふはっ、」
不意打ちに笑ってしまったがそれも大して関係なくぎりぎり、ただその薄唇が僅かに震えている現象も堪らなく新鮮だな、と、起きないような気がしたので写メを撮った。
光に一瞬目蓋がびくっとしたが、なんともなかったように寝た、サナトのその表情は和らいだようだった。
何故だかはわからんが、取り敢えず目的の腕を布団から出し、投げ出されたそれをパシャりと撮って戻してやる。
背景はそのまま白でいた方がいいな、いや、この腕は暗い中の、そう、シャツを掴んだあのぼんやりした「欲求、求めるという自然現象」って………うーんどうしよう、頭の中が新たな案と色々混ざる。
これは「欲求」の方が早く済みそうだ、腕一本だし。いっそ昼間の「探求」は一回置いといてそちらをささっと描いてしま………。
タイトルがあっさり決まった。
「探求、実態のない不明」と「欲求、心理と真相」。互いの色分けをはっきりさせつつ、色彩が「濃い」ものは謎、曖昧にしてみたい。
…ふと写メを眺めて浮かんできた。
腕。それは身体の「一部」で本体ではない、主体ではない、そしていま「本体」は光のベールに包まれた作品になっている。
……暴いてみるなら指から何から何までを見なければ人間にはならないがバラせば最早それは「人ではない」。
決まった。
「幽霊展」。我ながら自分の深くに入り込む自己満足、いや、他人なら「自己」じゃない。誰も入り込めないベールがあるのに求める答えがないもの。
なんて皮肉なんだと嘲笑う。ははっ、我ながら性格の悪い企画だ。見せる人に対しても、自分に対しても……被写体に対しても。
……こいつは俺の「崩壊」に「近いものを感じた」と言ったが、そんなの冗談じゃない。感じるわけがない。
あのはっきりした、枯れ野原の「枯渇」と「欺瞞」と………俺すら何を感じ見てあれを形にしたかは覚えていない、ただの「焦り」だと、………そう、「焦り」だったんだと知るわけがない。あのぞわぞわした胸の焦燥、誰にでもあるのに辿り着かない、辿り着いたとしても俺は「心臓の障害とか、なんかそんなんじゃないか」くらいにしか思わなかった、実際違うと知っているのに。
そんなもの誰だって、自分ですらわからないはずなんだ。
だから寂しい、枯れた芝生だとかそんなものしか描かなかったんだ。隣の芝生が青い、ヒントはそんなものしかないつまらない絵。
はっきりした理由など、芸術品にあってはつまらない。誰かが、勝手に的外れな見解を持ってしか生きられない。
そんな気持ちじゃ売れないだろうけど。俺にもよくわからない一生の枯渇だし、仕方ない。これは悲鳴のような虚しさのような、案外綺麗でないものだから。
……と、のめり込んだら腕一本くらいあっさりと描けた。ハマっている、俺はいま凄く、ハマっている。生々しく、そう、生きるには血肉が必要だ。
サナトは差し置くが描くのは俺で、俺はサナトのことを……探していない、いや、探しているのかもしれないけど、ならばそうだな、幽霊だし、菊は露骨すぎるから白百合と、……血と。血は涙も作り出す、厄払いのようだが涙には塩分があって……。
止まらなかった。たった1本の白い腕に。装飾はシンプルにしよう。
ふと。
あの日電車で見た人身事故の、絵の具のような血飛沫と、画材を一気に全部ゴミに出した景色とを交互に思い出した。
あれは、心の底から溢れ暴れた息吹だったと今なら薄れても思い出せる。
これは、シンプル。木を隠した森のその木がなんなのかはわからないとしても、シンプルに「森」だ、だから色をつける。濃く、鮮やかに。
物を捨てるというのは、そういうことだ。リセット、悪くないじゃないかと思えてきた。
……こいつ、右手首の関節に黒子があるんだな。これは時計を付けると隠れるだろうに。なら、描く必要があるんだ、描き足そう。血管は案外わかりやすい、きっと採血が楽なタイプだ。ぼんやり、はっきりと。
気が付けば朝が来たと、カーテンの仄かな明かりと意識すれば煩いくらいの鳩の声でわかった。俺着替えてすらいねぇや。けど仮眠を取ろうと突っ伏した。
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