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 背中で寝息がする。
 私を抱えた先生の鼓動が後頭部にある。暖かくて気持ちがいい。

 喉が渇いた。

 妙な浮遊感に先生の部屋が空っぽに見える。本棚、医学書、クローゼット、そしてこのベットと頭上の窓が、開いている。白いカーテン。

喉が乾きやすいから、ちゃんと水分を採ってね。

 先生の鼓動を感じたらなんだか、私の脈まで上がった気がして先生から離れようかと思ったけれど、起こしてしまいそうでどうしようと、少しもぞもぞ動いてみたけれど、いい方法がない。

「…先生?」

 呼び掛けてはみる。特に変わらない。爆睡しているのだろう。先生はいつも疲れている。

 ごめんなさい、と心で呟いて先生の腕を剥がそうとする時に見える無防備な表情。奥二重だけど涙袋がある、少し、触れたくなる顔。

 抜け出そうとすると、お腹にあった先生の、絡まるような腕に少し力が入って「陽?」と耳元で声がした。

「先生」

 静かに奥二重が開いて「どこ行くの?」と訪ねられる。それから私の左手を絡め取ろうとするから「先生、」とまた呼んで、それがより拘束になり左手首を指でなぞられるから「えいちゃん、」と名前を変える。途端に先生は緩まった。

「…喉が渇いたの」
「…ん、」

 漏れた唸りのような了承で拘束は解かれてベットから出れた。
 先生を眺めたら私がそこにいたというスペースのままで目を閉じている。

 熱がありそうだ、体も重いし気分も少し、よくない。お水に氷を入れよう。

 ドア、レバーを下げる、開く、廊下、冷たいきっとスリッパをベットで履いてくるのを忘れた、けど、あぁ私の部屋、まずはお水。先生は悠に口移しで薬を飲ませているのだろうか、非常に熱い。

 台所で悠のコップが掛けられているのを発見する。悠はここに来たのだろうか、黒猫の形のコップ。案外悠は子供っぽい。

 ミネラルウォーターの冷たさは喉から身体に通っていく。あぁ、胃の前で多分暖まっちゃった。

 ……少しハッキリしてきた。冷蔵庫を閉じる左手にある傷はわりと新しい気がする。もう少し頭を冷やしたいなと猫のコップに氷を3粒入れて一つは噛んだ。

 噛むの早かったなぁ、噛み切れない、冷たくて口の中が痛いけど、我慢しよう。

 リビングのソファに座って少し考える。テレビに映る私は悠に瓜二つだと言うのだけど、記憶に残っている悠の顔は8歳だ。もう似ているかどうかはわからない。

 記憶の中の悠はいつも笑っていて、けれど泣き虫で感情の豊な子供だった。なのに今映る私はぼーっとしている。ぼーっとしている私にいつも悠は「どうしたの?」と訪ねてくれて。

「お腹痛い?」
「違うよ」
「じゃぁどうしたの?せんせーのところ行く?」
「うん、行く」

 本当はお腹が痛かったんじゃない、ただ苦しかった。抗えない自分が壊れていきそうで怖かった。

「悠は本当に手癖の悪い子。こんなことしてどうするのよ!」

 母親のヒステリック寸前の怒鳴り声がどこからか聴こえる気がする。

「違うよ!悠は悪くないの!お母さんのわからず屋!悠が心配だから陽が病院に連れてくの!」

 そう言って悠はいつも私を病院に連れて行くのに、先生には何も話さないで俯いてばかりだった。
 だけど、いつもわかってくれるのは悠しかいない、悠はいつも優しくて明るい子供だった。

「陽は悪くないよ、俺が悪いんだよ」

 私のことを唯一否定しないでくれた、お母さんも、お父さんも出来なかったことをしてくれる。だけどもいつでも「陽は良い子ね」と褒められているから、悠にはなんの心配もなく両親に意見が言える。

 この傷だってだから、悠のために増えてしまう。陽、君は良い子だから褒められるんだよと言って…。

 カラン、と氷が鳴った。

 やっぱり、傷口を触ってしまっている。私は隠すように、こうして確かめるように、すぐに触ってしまう。

 悠の猫の形のコップ。悠、会ってない。お母さんもお父さんも元気なのかな。

 喉が渇いた。

 悲しいことばかり考えている気がする。悠、貴方は一体どこにいるの。

 冷たい水が身体を通って行く。凄く寂しい。少し溶けた氷をまた一つ噛んだらそうだ、悠だ。

 本当は知っている。

 カップを持って私は部屋に向かう。
 私は貴方の事を、ずっと待っている。寂しいの、私のことを本当にわかってくれる人なんていないのだから。

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