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「そぅ、言うところが、ダメなんだよお前は、」
「ぶっ殺すぞ」
「なぁ、ハルちゃんはお前じゃないんだぞ悠!」
「何が言いたい」
「だから苦しいんじゃないのかよ、」

 ビンタしてしまった。
 一回やったらそれは止まらない。

「お前ウザいんだよ不感症。誰が誰じゃないってぇ?じゃぁお前は知ってるか源蔵、なぁ、俺たちがどうしてこうなったか、陽は何者なのか、晒しやがってな、何をあの変態から聞いたか知らねぇけど俺は媒体なんだよ、なぁ、わかるか?わからなくていいよ、わからなくていいんだよ、最後の挨拶も意味ねぇな、安心しろバカ源蔵。お前が知っている陽も俺もいない、壁だぁ?ベルリンと間違えんなよ、そんな簡単じゃねぇよ、余計なことしやがって何様だお前は、」

 止まらない。
 こんなバカ、死んでしまえばいいんだよと首に手を掛けていたことに気付いたのは「何やってんだよ!」と言う外野の一声と源蔵の渾身の睨みだった。

 はっと気付く。

 あいつ、なんかヤバくねぇか、俺知ってるよあいつ、何あの人、誰か止めてこいよ、嫌だよ関わりたくない。

 一気に流れてくる話し声に「ぅるせぇよ、」と唸ったのは源蔵だった。

 何故お前が唸る。

「田辺大丈夫かよ、」

 多分知り合いだろう。だが源蔵は、「うるさい」とはね除けた。

「…早く散」

 俺は渾身のディープをその場でお見舞いした。

 当たり前にまわりは悲鳴のようなものやらなんやらで沈黙するのだが、わりとがっつりやっちまえば急激に頬が痛んでわかる、思っくそ源蔵に殴られた。

 きゃっ、だのなんだの聞こえるけれど、考える間もなく「酷い源蔵くん!」と俺はハルのようになる。

「…はぁ?」
「…痛い…よぅ…」

 事実痛ぇよ。
 泣き真似して袖で目元を拭う。それに源蔵は「はぁ?」と言った。

「酷い、」
「何言ってんだバカゆ」
「ハルだよぅ…」
「は?」
「彼女じゃなかったの」
「はぁ!?」

 流石にまわりからも「頭ヤバくねぇか」と聞こえる。

 しかし源蔵は少し間を持ち「…あぁ、はいはいはい…」と、急激に起き上がってハグしてきたのがホントに頭おかしい、俺よりイッちゃってるんじゃないかと思ったが、ん?そもそもマジもんで間違えていたりしてこのアホとも思えて、なんというかぐちゃぐちゃになってきた。

 俺なにしてんの一体。

「ごめんてハル」
「うぅう」

 思ったよりゲロい。

「怒るなよ」
「うぅ…ホントに酷い」
「うんうん」

 頭まで撫でられた。何なんだろうこいつと思えばわざわざまわりに聞こえるように「みんな見てるから取り敢えず行こうよハル」と、あ、ちゃん付けじゃない。なんなのこいつと、「バカなの?」と小さく言ってみる。
 「殴るぞ」とだけ小さく言われたのに正気なんだこいつ、と、いや、正気じゃない状況なのにとワケわかんなかった。

 外野は源蔵の一言で気まずそうにぼちぼち去り始めていた。

「…どうしてくれるバカ悠」
「知るかハゲ源蔵」
「あのなぁ、」
「黙れ」
「…取り敢えず退けよ」
「やだね」
「…お前なぁ、言っとくけどお前が思ってるよりもハル悠はバレてると思うぞ多分」
「はぁ!?」

 思わず声をあげてしまえば「バカかおい」とまず回された手で背をつねられた。

「…だから言ってんだろ“友達”だって」
「は、お前ハルはどうし」
「好きだよ?けど越えられない壁だよなお前面良いからって調子乗んなよ」
「俺を陥れようとすんな」
「お前がな。退けよマジで」
「…却って退けねえよ何でだお前」
「わかんねぇよ、まぁ理想像の話か?」
「ん?」
「デミアン的なやつだろ」
「何言ってっかわかんねぇわ」

 離れた。
 バカが伝染する。

 源蔵は気まずそうに顔を反らし、「だから、」と言う。

「そーゆーもんだぞ…友人や、恋人なんて」
「意味わかんないキモい」
「うーん…」
「あの先生はどうなんだよ」

 は?

「照井か?」
「そんな名前だったかも」
「あいつがなんだよ」
「いや、まぁいいけど…」

 言いにくそうだが。
 わかった、多分良い感情じゃない。それくらいしかわからない。

「…お前多分な、良い女いるぞもっとさ」
「なに?突然」
「明日香とかさ」
「…だから会わせたのか今日」
「キラキラ解釈やめろよ、先に会ってただろバーカ」
「まぁね。友達いねぇお前の宛なんて彼女しかいないだろ」

 …なんだかな。

「ん、まぁねサンキュ。取り敢えず俺の今日のミッション終わりだわ」
「…つくづくなぁ、」

 わかってるよ。
 俺は頭悪くてどうしょもねぇクソ野郎だけど、だからお前が凄く意味わかんねぇからホントに嫌いだ。

「…俺が女ならまぁ、お前なんて選ばないよバカ源蔵。死んでよし」
「そうだな俺もだ」

 世話焼き過ぎて信じられねぇ。人間不信が加速するわ。

 しかし胸ぐら掴んで立ち上がらせてやってみて、一言言おうと思った。

「ちなみにハルはちゃんといるぞ。俺じゃないやつ。8歳の頃に、どっか行ったけどな」

 それだけは思い出せた。
 俺がハルの首を絞めたのは多分事実だ。

 源蔵は複雑な表情で俺の手を払った。まぁね、信じられないだろうというのは性格が破綻した俺にでもわかるよ。

「…あのさ」
「なんだ」
「あの先生、頭おかしいと思うぞ悠」
「今更だよ」
「…そんなに長いのか」
「さぁ。どーでもいいよ」

 源蔵にそれだけは言って、「じゃあな」とその場を去るけれども宛がない。仕方がないからどこかで時間を潰そう。ぼーっと出来るところで。

 遠くで、誰かの泣く声が聞こえてくる気がする。俺はこれを絞め殺すように蓋をする。

 手が震えていた。確かに手首は痛いし力は入るこの痙攣に、本当は背筋が冷えそうだから、俺は幽体離脱を望む。けれどそんなものは誰のためでもないから、部屋で閉じ籠り毛布を頭から被ったんだろう。

 先生、陽の笑顔の意味を教えてよ。

 いつかそう言ったことがあったかなかったかは忘れてしまった。先生はただ、どこか遠くの陽を眺めて俺に言うんだ、大丈夫だからね、と。

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