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「…ハルちゃんは、泣いていたぞ悠」
「は?」
夢の中の陽が瞬間的に頭に浮上した。
自分でも相当冷たく「は?」と言ったことくらいはわかったけれど、「だからぁ?」と聞くしかない。
「いや、まぁ俺が何かを言えるもんでもないけど」
「うんそうだね、で、だからなに?」
「あの保護者が言ってた、ハルちゃんは、お前に負荷が掛かったときに現れると」
「はぁ?」
「だからあれはお前に何かがあって、」
「まぁいいや今日はお前らに感謝しに来たの。それ以上も以下もないから」
何も知らないやつは幸福で妬ましいな。
沈黙にまわりの喧騒ばかりが勝つ。俺たちはきっと友人にしてはぎくしゃくしている。
俺はいまこの沈黙を手切れ金のようだと感じている。父親や母親と同じ。沈黙と困惑だけで力のない子供は待たせてもらえないんだよ。ありありと今でも思い出せる。
気持ち悪い、こんな子供はいらないと、そんなものは言わなくてもわかる。歯を噛み言葉を呑んでいるお前は大層ご立派な道徳を携えたつもりだろうがな、源蔵。
「…と…りあえ、ず。
私はそろそろ抗議に行くね悠。源蔵くんもありがとう。悠、放課後ね」
「うん、じゃあねまた」
気まずそうに明日香は立ち上がる。
いや、本当は知っている。気まずいのではなく酔っている、それで対峙出来ないのだ。そんなもんだと思う。素直で可愛い俺の彼女。好きか嫌いか、ただましなだけの女で。
こんな時、控えめに「じゃね」と手を振り空気を読んで立ち去る明日香の姿はまぁまぁ気に入っている。
源蔵と二人になればいつまでもこいつはうじうじしているのだ。だから悪い。つい、「加藤なら食ったぞ」と衝撃を与えてやりたくなるのだ。
「…は?」
「多分一生不能だろ」
「何言ってんのお前」
「知ってんだろ?俺がそういうやつだって」
「いや…」
「仕方ないでしょ?お前が童貞臭くてアホみたいだから!」
源蔵の胸ぐらを掴んで引き寄せてやった。
「なぁ、源蔵。お前ハルのどこが好きで何を知っているんだ?俺に教えろよ」
「だっ、」
「ハルが男だろうとなんだろうとお前は追いかけると知っているぞ俺はね。お前は俺に言ったな前に。なぁ、そもそも何が好きで何が気に入らないんだお前」
源蔵は漸く俺の手を払おうとしたが、その手首に傷が増えていることに気付いたかもしれない。
「そ、ゆーんじゃなくて」
「当たり前だよ殺されたいかてめぇ」
「だったら、」
「俺なりに守ってるつもりだよ?気に入らねぇならお前がやれよ、なぁ、どうしてくれるんだ」
動揺しながら「やめろよホントに」と顔を反らした源蔵に笑いそうになった。知ってるよお前がなんなのかってくらい。
だから手を離し、公衆の面前も関係はなく頬を鷲掴みして無理矢理キスくらいはしてやる。
ざりっと舌を噛めば「痛っ、」と源蔵は俺を突き飛ばした。
血の味がする。非難の目をしたって案外まわりは俺たちを見ていないものだ、多分。
「…ふざけんなよバカ野郎」
「違うの?お前なんてゲイでしかないんじゃないのかおい」
「違ぇよそんなものじゃないんだ」
「は?」
「ハルちゃんは好きだがお前は違う」
「でもハルとしたことないだろ」
「お前に殺されかけたからな、」
「何も思わなかったのかあの時」
源蔵は声を殺し「ふざけんなよっ、」と唸った。
「…なんでそう、」
「わかりたくもねぇよクソ源蔵。気持ち悪ぃ」
「そーゆーお前はどうなんだよ、」
「気持ち悪いよ」
「なんで、」
「ロリコンは絶滅すればいいと思うからだよ」
言った瞬間に源蔵はぽかんとした。
まぁね童貞にはわからん話だろうよ。
「…お前何言ってんだ悠」
「わかんねぇだろうな童貞」
「わかんねぇし話が飛んで」
「ついでに童貞も滅びればいいよ」
「はぁ?」
「お前は全体的に虫酸が走るんだよ。で?ハルのどこがいいか参考にさせてくれよ、まぁ意味ねぇけどね。
知ってるか源蔵。二重人格は性別が別の場合は誰とナニしようが性同一性障害に当たらないんだよ。意味わかる?ハルは純な女の子なんだ。そしてそれを疑わない、世界を知らないからだ」
「………」
「お前は確かにいいやつかもしれない。だけど甘いな」
「…ハルちゃんは別に俺の彼女じゃないし」
「何を言ってるかわからないけど」
「…そういうんじゃないんだって。だが聞きたいなら言う。
ハルちゃんはとても優しくて控えめな女性だ。お前とは違う。ちゃんと違うぞ」
「はいうぜー死んでよし」
「なっ、」
「そんなお前みたいなお綺麗事に酔いしれたクソ汚ねぇマスターベーションは黙ってトイレに流してくださーい。
忘れてるかも知れねぇけどハルは俺だよ、俺の中にしかいない。夢見てんじゃねぇよハゲ」
「…それはお前の壁なのか悠」
はぁ?
バカじゃないの。
けど物凄く急激に腹が立ってきたので今度は髪を鷲掴みして、最早椅子ごと倒してしまった。
流石に物音でまわりもしんとする。
「何言ってるかわかんねぇけどお前頭大丈夫?打って治せよ」
床に打ち付けてやろうとするがなんだか力強い。痛そうだがガッと俺の手首を掴み「そうやって誤魔化して、」と源蔵は言い捨てる。
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