8
放課後に明日香の部屋に行って「ねぇ悠、」と大した言葉も呑み込んでキスして明日香の髪を解くのも、全部が全部当たり前だった。
他に何があるのかはわからないけれど、「ゆ、聞いてよ、」と、拒否をするフリをして緩く両手で俺を突き放そうとするのも本当は煩わしい。
「なぁに、何を言いたいの」
そして呑み込んで下着のホックを手探りをすることに身体がわなわなするのを知っている。
暖かくて柔らかくて。どこもかしこも人の肌だからここに引っ張られてどこにいるんだろうとまさぐってしまう。
濡れた指にも「ふふっ、」と笑いが出てくるのだから、いくら傷が見えようと頬を撫でてみるの。それは泣きそうで綺麗だから明日香が好きかは、解らないままいつでも二人の時は口にも穴にも自分を確認させるように熱を移す。
そんな関係だから多分気持ちいいんだと知っている。
聞いてよ、聞いてるよ。思わず声が出てしまうことも、心臓が早まることも過呼吸なことも。
だけど今日は違った、生温くもなくて、「悠はどうして…」と熱かった。
「ハルちゃんは、どんな人?」
それだけがはっきりして、あとは切れ切れにしか聞いてやれないのは俺の記憶と同じかなとか、セックス中にしては感傷的になってしまった。
聞いてしまうと本当は。
挿入した瞬間にいつも明日香の息は一度止まる。だから今日はなんとなく首に、絞め殺すような手を掛けたけれど、夢がフラッシュバックするのだから力が入らない。
下着も足に引っ掻けたままで、ブラウスも着たまま、乱れただけの明日香の心の音にふと、「あのねぇ、」と言った俺の声は何故だか、泣きそうに震えてる気がして正直、微妙だった。
「…姉を殺した夢を見たんだけ、ど、」
「っ…えっ、」
奥に行けば行くほど明日香の足が痙攣する気がして本当は怖くてたまらない、時がある。
「ぁ…ね?」
「そう、姉」
俺が動きを止めれば明日香がぼんやりと見つめるのだから、どう答えて良いかわからなくなる。そもそも明日香をちゃんと好きかわからないからこんなことすら出来てきた。
ねだるように俺の、首に掛けた手に手を重ねて「お…姉さん?」と聞くのだからこのカマトトが、いまちんこ入ってんぞとか、思うくせに。試してみたくてスカートの中に、あの日見たハルに伸びた照井の這う手を真似てみる。
身を捩らせ下にいる明日香にハルを思い出す。特に何もなかった、ただ照井は太腿に触れていただけだったんだ、それに何故違和感を覚えたんだろうとか、俺は考えてセックスする女のようだ、などと思っている。
「…ゆぅ?」
「多分殺した」
力を少しいれて動いただけで「あっ、」と切な気な声だから熱くなる。
けれど、何故かはわからない。
「…俺が怖いか明日香」
「…悠?」
唇も中も、全部が喰って喰われていく。これは、共食いと言うよりも破壊だ。
それに気付いたらスッキリして泣きたくなる。
わからなくなるまでぐちゃぐちゃになったらいいんだ、と、ぐちゃぐちゃかき混ぜれば、痛いのだけど絶頂に近付く、さっさと。
絞まって、それも苦しい、凄く苦しくて気持ちよくて、「あっ、あっ、」と切れる声と捩った首筋の汗にああ、仕方ないなゴムすらねぇよと思い出す。仕方ないよ、なくていいとかほざくんだから。
お陰で熱くて温くて直に感じる衝動なんて、切なさに似てるから恋とか愛とかな気がするんだよ。
怖いに決まってる、俺自身が頭の、何もなくなっていく、むしゃむしゃ喰われるそれに名付ける名を持っていないから軽くも重くもなれないんだ。
ヤバいな、死ぬかもしれないという思いは何故か綺麗に流れるのだから抱き締めるしかない。それは一気に狭くなるし、自分の奥深くに捩じ込まれるような、そんな感覚で忘れたくなる。
「人、殺したんだよ」
明日香の耳元で吐いた瞬間に全部一気にすっ飛んで苦しくなりそうだった。
ただ明日香も「はぁっ…!」と息をして終わってしまった。
起き上がれないほどダルいのだけど、「……悠、」と歯が浮きそうでまだ暑さに魘されているようだな、と命を感じた。
「…人」
「…どうしたの?」
底無し沼のようにそれから俺が急速に不安になることを明日香は知らないから顔すら見れないんだ。ただ、はぁはぁ自分の息の方が上がっているから「明日香、」が譫言になる。
「…うん?」
「頭、おかしくなりそうで」
「…ん、悠?」
「ダメなんだよ」
「…どして、」
「ぐちゃぐちゃでわからんくて」
溶けそうなんだよ自分が。
溶けてなくなればいいんだけどね。こうやって俺を襲うのは誰なんだろう。
俺はどこに泳いでいくのか、誰でもなくてどこにもいない。
明日香、と吹き掛ける。またそれに身を震わせて「もっかい?」だなんて言うのにそう、明日香は空気が読めるかもしれないが、柔らかくて所在不明になる。
「……悠の、中には、誰がいるの」
黙ってくれ。
女は子宮でしか物を考えられない。男はそれに意味を求めない。その溝は果てしなく宇宙に近い。
何も届かないから覗きたくなる、触りたくなる。
そうやって泳いでいって譫言、愛しいか、愛しい。だから急速に冷えていくギャップに「もっと良いやついるじゃん」と言いたくなる。
「例えばさ、源蔵とかね」
何を思ったか明日香を泣かせてしまった。
だって。
「俺が消えてもハルはいるから」
だって。
本当は殺したいくらいに温くて、気持ち悪くて仕方がないから。
これが明日香と最後でよかった。そういう破壊衝動だって本当は暗くて冷たくて震えそうだ。
潮の満ち引きの音がずっと鳴り止まなかった。
- 37 -
*前次#
ページ: