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お母さんはいつも私に「手癖が悪い子ね」と叱った。
お父さんはいつも私に「女の子が欲しかったから」と微笑んでくれた。
フォボスはいつか近い将来に火星に破壊される、それはトリトンが次第に冥王星に破壊されるに等しい。SL9はロッシュ限界の内側で子宮の中の温さを感じられただろうか。分裂した21の衛星など、1つ、木星に近付いた何億の精子よりも生命体としては無効だったのなら内膜で破壊されたそれに期待を持とうと言うのは宇宙の心理に近い思考と幻想なのではないか。ファボスもトリトンも存在しているのならこの限界突破はいつなのだろうかと、
「終わったよ、」
ぶっ壊れてしまえ。
「あれ…」
源蔵くんの声で突っ伏した顔を上げれば講義終わりの雑踏だった。
私は本当に寝てしまっていたようだ。
…たった今まで何か、雨のようにザーザーと降る、そんな夢を見ていた気がするのだけど、思い出そうとして夢が食べられて行く。
立ち上がった加藤くんが「じゃ、また」とニヤニヤして手を振った。それを複雑な表情で見ながら「ハルちゃん…?」と源蔵くんは心配する。
「ん、ごめん、寝ちゃったみたい」
「あぁ、うん。いや…。
ごめん、その…」
加藤くんのことだろうか。これしか思い当たらなかった。
「うん、大丈夫だよ。ありがとうね」
「…いや…。
迷惑だったかな、とかさ」
「ううん」
気まずいような雰囲気が流れる。
だけどそれもすぐに終わり、源蔵くんは「ハルちゃん、次は?」と日常会話に戻してくれた。
そう、
「心理学だよ」
「そっか…」
彼はいつでも淡白だ。
淡白で、接しやすい。
そのまま何事もなく「じゃ、また」と別れて私たちはそれぞれの教室へ向かう。
彼の背中を見送って思い出す、彼には一度、確かに告白されたことがあった。
私の笑顔が足りなかったのかもしれない。次の日には、呆気なく友達に戻っていて、どこか安心する自分がいた。
なんとなくそう、生ぬるく、壊してしまいたくなかったんだ。
彼は私と違って淡白だ。
だけど正直、異性と言うのは疲れてしまう。そういう気遣いも、たまに。
肩を叩かれた、心理学の教室前。
振り向いたら毛先ふんわりの、甘い香りのする笑窪が可愛い女の子がいた。
確かこれ、ミディアムヘアって言うんだった気がする。
「栗山さん、」
栗山さんは少し私を見る間から「ハルちゃん」と微笑んでくれた。
暖かい、陽だまりのような笑顔。
「おはよ、」
朝ではないけれど、「おはよう」と栗山さんに微笑み返した。
なんとなく、それから二人で端の席に座る。
「ハルちゃん、今日は元気がないのかな?」
覗き込んできたくりくりした目に、「あぁ、うん」と動揺してしまった。
栗山さんは、可愛いのだ。アイドルみたいで、けれどゆったりと穏やかな雰囲気がある。その落ち着いたベージュのワンピースみたいに。
「ちょっと朝から貧血で」
「あらら〜…、最近体調よくないんだね…」
「うーん、そうかなぁ」
私はまだ、多分体調なんて、健康な方だけど。
なんだか、安心してしまった。じんわりと血液が巡るような、そんな感じで。
「あ、そうだ栗山さん」
思い出した。
「ん?どうしたの?」
「今日、悠に会った?」
そう訪ねると栗山さんは、少し困ったように笑い、「会ってないよー?」と答え、疑問を表情に張り付けた。
「何かあった?」
「いや…」
言ってしまってから気付いた、言っていいものなのかと。
彼氏の合コン事情、とか…。
「昨日は会ったよ?」
「あ、そうなんだ…」
「どうしたの?悠に何かあった?」
「うーん…」
栗山さんのくりくりした瞳に何故だか私が罪悪感を抱く。
いや、私に来た手紙なのだけども…。
「…いや、合コンに誘われちゃってさ」
「ん?」
「うーん…」
「まぁ確かに悠は怒るだろうねぇ…。ハルちゃんに?」
「いや多分、うん…」
栗山さんは鋭い。ほんわかした雰囲気なのに、「あ、なるほど!」と言われた。
「最初は悠だったけど、ハルちゃんに行っちゃった?」
「…栗山さんどーしてわかるの」
「あはは、まぁいつものパターンかなって!」
確かに慣れたことだけど。
仕方なく私はさっき加藤くんからもらったメモを栗山さんに渡してみた。
「ん?誰?」と丸い目で言う栗山さんに「わかんない…」と正直に答える。
「多分、悠のお友達みたいで…」
「そうなんだ〜…え、悠くんにこれ来たの?」
「なんか、合コンに来て欲しいって」
「あー…なるほどねぇ。
ハルちゃんは大丈夫?気持ちとかさ」
「あんまり良い気はしないかなぁ〜…」
「…そっか。まぁ…悠に言ったら多分半殺しだよねぇ…。ハルちゃんも大変だよねぇ…」
「あ…ははは…」
まぁ、なんだか。
「ふ…ははは、」
ちょっと、笑えた気がした。
「…あ、ちょっと和んでくれたのかな?」
「うん…、凄く。ちょっと…栗山さんに言おうか迷ったんだけど」
「なんで?」
「いや、まぁ、だって悠の彼女だし」
「まぁね。けど、よくあるから。最初よりは慣れたよ〜」
「…しょうがないなぁ、悠は。
…ごめんね、疲れちゃってたんだけどさ。安心した」
栗山さんは「あはは、」と穏やかに笑ってくれた。
「…いいなぁ、悠は」
こんなに穏やかで可愛い恋人が、いる。
「…ハルちゃんには、いい人いないの?」
「う〜ん…どうかなぁ。同じ講義を取ってる子が、ちょっと助けてくれたけど。なんだか男女って、大変だなぁって」
「…そうだね」
けれど栗山さんは、なんだか少し切ない顔をして私を優しく見つめてくる。これも少し、気にかかる。
「…私が男の子だったらなぁ、栗山さんみたいな女の子を彼女にしたいよ」
何故だかより、どこか影が出来た栗山さんはそれでも、「…そうだね」と複雑な笑顔で私に言う。
この笑顔はどんな仕組みで出来ているのだろうか。優しさも悲しさも柔らかさもある。男の子には、ない表情で。日の光のような、そんな優しさがあって。
「私も…」
心理学が始まるベルが鳴る。
辛うじて聞こえた栗山さんの声に「ん?」と聞き返す。栗山さんはまたいつもの笑顔で、
「私もそう思うな。ハルちゃんは優しいから」
そう言ってくれた。
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