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 当たり前に、二人になってしまえば、ただの空気でしかない沈黙も質量を持ってくる。重い。だからそわそわする。

「…どうだった、合宿」

 南沢の表情は後ろからしか見えないが、やはり平坦なような、装っているようなと図りかねる。普通の対応。

「あぁ、疲れたけどよかったですよ」

 自分の対応は声などブレていないかと、却っていつもより気になってしまう。

「そっかー。やっぱりロマンなの?」

 エレベーターの下ボタンを押し少し振り向いた南沢は仄かに柔らかい表情だった。

「…そうですね。最近見つかった小惑星なんです。もしかすると将来、準惑星に認定されるかもしれなくて。準惑星って、なんというか地球みたいな、自身の重力で球型になる質量がある、ようするに石ころのような物ではないといいますか…」

 エレベーターが到着した。
 つまらない話だよなと思ったのだが「へぇ、そうなの」という表情はやはり柔らかい。

「それって珍しいってことだよね、きっと。
 水…金…地火木…土天海冥っていうと1…2…34…」

 手を折って数える南沢に「9ですね」と答える。

「いや、でもそれは惑星、てやつなんです。始めに地球みたいって言ったのが悪かったかな、けど冥王星はいまや準惑星で…」
「うん?」
「冥王星みたいな星、といいますか…まぁ、ちょっと難しい」
「いいよ」

 南沢はそれからにやっと笑った。

「たくさん話してよ。楽しそうだね」
「えっと…」
「…なんとなぁくなんだけどわかったような」
「あぁ、はい、いやぁ、面白いですか…?」
「わかんないけど君の話を聞いてるのは好きだよ」
「ははぁ…」

 やっぱりよく分からない人だなぁ。そう思うけど「あれです、」と続けることにした。

「冥王星ってね…惑星として、自身の力で他の惑星をはね除ける、と言う判断ではなくなったから準惑星になったんですよ。そこまで自身の重力が強いのか?という話で。惑星はある程度大きさがありそれでいて自身の重力があるか?というのも争点で。それがあれば自身で一定の距離感で公転していると言える、みたいな…説明が難しいな」
「いや、なるほど、君に凄く似ているなっていま掴んだよ」
「へ?」

 下に着いた。
 南沢はにこやかに「俺にずけずけ入られてもはね除けられないじゃん」と、的外れなような、合っているようなことを言った。説明がやはり下手だったかと自覚する。

「いや、」
「ははは、ちょっと違ったってやつかな?」
「うん、はい」
「好きだなぁ、君は」

 何事か。
 今度はこちらが話を掴めないと思えば「星の話」と言う。何故それを明確にしたのか。
 南沢はまるでこちらの顔色を伺うようだった。

「…俺にはさっぱりわからなかったんだけどさ、君の両親は天文学者で有名だったんだよな、確か」

 …急にどうしたと言うんだろう。

「え、はぁ…らしいです、けど」
「俺の兄も好きだったよ、星」

 …ホントに、急にどうしたんだろう。

「…それは…」
「君を形成しているものは綺麗で大きな物だな」

 そう言われて。
 先日に「君を想像して抜く」と言われたことを思い出し、「なんですか一体…」と声が低くなった、今一番触れたくない話題だった。

 それほど話題が無いものだったのだろうか…。

 しかし南沢の笑顔が何故か悲しそうで、それでいてスッキリと綺麗な物のように、見えてしまった。
 勢いはすぐに飲み込まれ閉口する。

 南沢はしかし黙ったままで、結局車まで無言だった。

 沈黙は嫌でも自分や、人や、…世界なんかを考えるもので、無意識下からふと、「君は綺麗な星のようだね」と、誰か、少し幼い声が降ってきたようだった。

 あれ。
 誰の声だろう。

「…南沢さん」
「ん?」
「あの…さっきの。さっきの言葉、聞き覚えがあるんですが」

 もう声は聞こえない。
 追いようもないほどの…記憶なのだろうか。

「…さっきの?」
「俺をなんか、綺麗だとかどうだとか…」

 しかしそれを言ったら現実的に。
 南沢は「ふっ…、」となんだか詰まったような、とにかく気まずそうだし、自分もそれに「何言ってんだろ」と思うくらいに羞恥が引っ張り出された。

「あっ、あの、ちょっ……」
「いやいや…………」

 なんとも言えない、さっきとはまた別の気まずさが溢れた。何を言ってるんだ、互いに。

 そしてふと、「てか、南沢さん」沸々と湧いてくる。

「よくもまぁ……んな、こっ恥ずかしいこと、言えましたよねっ、ホント、」
「いや、その言葉のあやというかうんと確かに何も考えずというかいや、それでも本音だけどなんというか口を吐いたというか」
「あぁあ待ってそれ以上喋らないでなんかよりエグい!」
「うぅう何よこれ何プレイよぉ……!」

 互いに顔を伏せるしかなくなるけれどもだからこそ急速により、浮かんでくる。

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