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「…どんだけナルシストなの、俺相手にっ、」
「いや、待って君じゃなきゃ言わないよね」
「は?」

 間。
 再び来る羞恥。

「な、ナニソレぇ、」
「あーあーもう待ってじゃぁそゆことうん、本音だしぃ。もう言っちゃったからいーもん本音本音。
 ん?てか…。
 他にこんな臭くてヤバくて爆破されたくなるような歯の浮くやつ、誰が君に言ったって言うの、ちょっとぉ!」
「知らねーよだから聞いてみようって思ったんでしょーよ!」
「はぁぁ?」

 そこまで来て漸く互いに一度、「はぁ、」「ふぅ、」と息を吐いた。
 よくよく考えたら何に対して恥ずかしいのかいまいちわからないのではないか?

「…こっちまで恥ずかしくなるわ全く、」
「そうだよなぁ…」

 南沢がふと上の空になった。

「…兄貴だったりして」

 ボソッと南沢がそう言った。
 それに雨川も「兄貴?」と、引っ掛かる。

「いや…うん…。兄は君を寵愛していたので」
「え?兄貴って、元ノーベルの?」
「なんか…腹立ってきたな…」

 そして突然不機嫌になるのだから「南沢さん?」と戸惑うしかない。

「…ん、てか。
 君、なんともないね」
「え?何が?すっげぇ一瞬羞恥で固まるかと思ったけど何が?」
「煽るな煽るな。まあ何もないに越したことないけどははっ、それは愉快だな」
「え、何?あんた情緒大丈夫?」
「君が言うか〜…。うんまぁ本音ついでに言うと参ってたけどね数日」
「それは…」

 黙る。
 やはり、そうなのか。

「……そりゃぁ考えないわけないだろ、俺が、悪いようなもんで…」
「…そんなこと考えてたんですね」
「うん」
「…自意識過剰ですね。ソラの事は…俺が悪いですよ」

 あのときソラは苦しかっただろうと思うと、どうしてもいたたまれない。

「…きっとソラは苦しかった。俺は危うくそれを裏切るかもしれなかったから」
「…雨川くんが?」
「…誤解してるなら。俺はいまソラに会うのが怖い。きっかけはどうであれ俺は泣かせるほどソラを追い込みました。
 …でも、怖くて……。自分でどうにも出来なくなりそうだったことが。
 誰かが…頭の奥でそんな俺に言ったんです、お前なんて死ねばいいと」
「…そんな、」
「生物学的に、なんて言うんでしょうけどどのみち俺の方が加害者に近いです。
 ソラはね…ずっと、ロシアで売春してた訳でしょ。だから辛かったと思うんです。なのにどこからか止まらなくて、俺ってそんな奴らと変わらないんじゃないかと」
「…それこそ自意識過剰じゃないか。やっぱり言うけど生物学的に君のもソラのも異常なく普通で、生きていれば誰でもあることなのに俺は…それを誘発したのかもしれない」
「…それは前にも」
「君をレイプした男は俺の兄だった男だよ」

 突然ねじ込まれた話題に、頭が真っ白になるような、言葉が失われるような気がした。

 「え、」と呆ける雨川に「すまんちょっと待って、」と、南沢は思わずと言うように、車をテキトーに側の駐車場へ止めた。コンビニだった。

 何事なんだろうかと思えば南沢がハンドルを握る手は震え、突っ伏してしまうのだから、いつもの、勝ち気なような自信に溢れるような南沢の影がない。その現実に「南沢さん…?」と声を掛ける。

 長い間を持って南沢は息をする。

「……どこかで……わかっていたような、気がして。……っだから、兄が邪魔なんだ、俺には」
「…どういうことですか」
「兄は愛されることを知らない、そんな男だったんだ」

 漸くあげた顔すら、初めてみるような表情。
 涙を堪えるように、無駄に宙を見て上を、向くのだ。

「兄は……だから君を、愛することも出来ていなかった」
「………はい、」

 こうなれば唖然として聞くに徹するしかない、しかし、それ以外の感情も整理がつかないから言葉も、単純にない。

「俺は兄に、ずっと、見てろよと、そう思いたかったから、」
「……はい、」
「こんな………、」

 ……整理はつかないが、話自体は纏めなければならない。
 南沢はどうやら自分が考えていたより、例えばそう、勝手で勝ち気で人のことも関係がなく自分に忠実だ、これは間違っていない、これで纏まるがもう少し、複雑な、数式のような人間だったのかも知れなくて。

 ただ、数式ならば本当は単純なのだ。

「…まぁ、そう、ですか…」

 漸く南沢の意図が、見えてくる。
 ただ、見えるだけで掴めるわけじゃない。

「……貴方のことは本当によくわかりませんけど南沢さん。なんだか…俺は遠くにいる気分で、正直貴方の兄を、切れ切れとしか覚えていないし。何でなんだろうって、考えもしなかったなぁ。そうか……。
 大切な人が一人、俺には存在したはずなんですね、自分の話をしますと。その人は優しくて……でも、それしか覚えていない。そうか、貴方の兄だったんだ。だから、わからない。これって生物学的に自己防衛って奴なんでしょうか。だとしたら、その話は本当なんでしょうね」

 また顔を伏せた南沢はしゃくりを押し殺せない、そんな風に喉を鳴らした。

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