10
二人が家につく頃、警察学校は大捜索だった。
だが15分くらいで職員は諦め、保護者、樹実の元へ連絡が入る。
「はぁ!?バックレて暴行して逃走!?」
電話を取った樹実の隣で聞いていた政宗がコーヒーを詰まらせた。その背を銀河が|擦《さす》る。
「うーん…もう…まぁ、わかりました。帰って詰めます。
は?火傷?え?
あー、なるほど。うーん、まぁ、折り入って連絡しますよお宅は大丈夫ですか?あそう。さすが屈強なケーサツカンだね。はーい」
電話を切ると溜め息を吐き、「ゴリラパパー!」と政宗に抱きつく。
「んだよ暑っ苦しいな!」
「子供って難しいよゴリラパパ!」
「次もう一回それで呼んだら捻り潰すからな」
「なになにどうしたのいっちゃん」
なんだ子供って。お前じゃないのか。
「子供は野球とかやらしたらいいんじゃないのか?」
「え?」
「いいよースポーツ。てか質問だけど誰の子?」
その質問、確かに凄く気になる。
しかし樹実は銀河の質問へ途端に黙り込み、「え、ええっと…」とどもった。
「あれ、いっちゃんてか彼女最近どうし」
「銀河、多分それ以上踏み込むのは地獄へ足を踏み込むのと…」
「…拾った」
政宗を遮るようにぽつりと樹実が遠い目で言う。「は?」と「え?」が交じる。
「拾った。なんか死にそうで退屈そうだったから」
「…どーゆー?」
「わからん。よく目についたよ、あんな、ゴミしかねぇところで」
いつもの自分だったらきっと。
気付かずに殺していた。なんの躊躇いもなく。
「珍しいこともあるもんだな」
「…そうだな」
「いっちゃんなんだかんだで殺せないじゃん、いざってとき」
その銀河の言葉は、なんだか突き刺さるようで。
「…あーもう、仕方ないなぁ。保護者会議だなこりゃぁ」
取り敢えず仕事も済んだし、後を任せてハイテンションで家に帰ることにした、というわけである。
夕飯の支度を始めているだろうか。取り敢えず流星にメールをしよう。
『今夜は外食にしよう』
流星に送って数分後に、『了解』と、素っ気ない返事がくる。
溜め息を吐いて今度は別所に電話を掛ける。
「あ、もしもし?今夜さー、飲み行こ。保護者会議。潤と流星やらかしたっぽい。うん、いつもんとこでいいよ。あいよ、連絡入れとく。うぃっす」
相手はもう一人の保護者、雨だ。
やれやれ、世話が焼ける。
樹実は潤にもメールを送り、そのまま自宅に直行した。
家に帰れば、昼寝でもしていたのだろうか、少しボーとしたような声で「おかえり」と流星は言った。
コーヒーだけは淹れてくれていたようで、樹実が「ただいま」と返して着替えていると、「飲む?」と訪ねてきた。
「うん」と答えてリビングに向かう。
キッチンに立つ流星の背後から、肩に腕を回して凭れ掛かり、耳元で囁く。
「お前今日どうだった?」
「あー、びっくりしたぁ」
確かに突然脅かす勢いで寄り掛かってやったからな。無理もない。流星は思わずコーヒーを溢して「熱っ!」とやっている。
「大丈夫?火傷でもした?」
「…別に」
「あぁそう。そりゃぁよかった」
樹実は静かに流星から離れてテーブルにつく。そのまま無言で流星にコーヒーを前に出されたので、睨むように流星を見て、「さんきゅ」と言ってやる。
勘付かれている。それは流星にはわかる。一口飲んだが正直熱さでよく味がわからなかった。
無言に耐えかねたのは案外、樹実の方だった。
「お前、今日やらかしただろ」
「…うん」
「何やらかした」
「入学式サボって…その後教官ぶん殴って帰って来た」
「なんで」
「腹が立ったから」
「なんで」
「サボって教官に呼び出しくらってコーヒーぶっ掛けられて頭来て一発殴った」
「お前それで良いと思ってんの?」
「悪いとは思ってない」
全然状況が読めないが、電話で聞いた話によると、なんの因果か流星は潤と一緒だったらしい。それをこいつは何故言わないのか。
「てかなんでサボったの」
「雰囲気が宗教臭ぇから」
「は?」
「言われてみてなるほどなと思って」
「誰に」
「同期のやつ。なんかサボってて。呼びに行けって言われた。なんでサボるか聞いたら、そう答えて。なるほどなと思って一緒にサボった、ごめん」
「で?教官にコーヒー掛けられて頭来るわけ?」
「うん」
噛み合わない。
悪いこととわかっているから謝るわけで。ならどうして、コーヒーをぶっ掛けられたくらいでキレるんだろう。そりゃぁ、教官はやりすぎだけど。
「なんか言われた?」
「…うーん」
「あっそ。まぁいいや。わかった。
別に謝れとは言わない。昔から言ってるが悪くないときは謝るな。悪いときは謝れ。ただ大人になると、ある程度力を持たなければそれが出来ない、それは覚えとけ。
俺はお前に訪ねた。お前は答えなかった。お前が今日やったことは中途半端なチンピラだ。わかった?」
「…うん、わかった」
「よし、じゃぁ行こう。もうちょっとで二十歳だなお前も」
「…はぁ、うん」
言われるまま樹実に着いていく。
車に乗っても凄く、言われたことや出会いや全てをぼんやりと考えてしまって。
あまり口を開くことはなかったがふと、「やっぱ、ムカついたんだよな」と流星が漏らす。ふいに|吐《つ》いた言葉を樹実は、聞き逃さない。ただ、あえて訪ねることはせず、タバコの煙と共に視線を真横に泳がせた。
「…変わったやつだった。
なんか俺より年下で、罵られたり先輩に絡まれたりしててさ。でもやっぱ、教官がなんかこう…ムカついたんだよな。教官もコーヒーをそいつにぶっ掛けたんだけど、そいつがちょっと頭に来てて教官に食って掛かろうとしたのを宥めようとしたら俺に掛かっちゃって。
なんかでも、それが良い口実だったような気がする」
「…そんなに腹立ったの」
「多分。咄嗟に手が出てたけど確実にムカついてた」
「…案外お前も感情型だよなぁ」
タバコを咥えながら樹実は微笑み、片手を伸ばして流星の頭をわしわしと撫でた。
「危ないから」と一応流星は保護者に注意はするが、拒否はしなかった。
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