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「青葉さんねぇ、」

 嬉しそうに小湊さんが言うのに、俺も少し安心した。

「体調は順調で。血圧やその他も安定しているのでホント、予定通りには退院出来そうですよ」
「あぁ、それは…」

よかったんだろうが。
大丈夫かなぁ、色々。

「なんだか本人は凄くやる気満々で、もう今か今かと退院を待ってるみたい」
「はぁ…。あまり、無理してないと良いなぁ」
「まぁ確かにね…」
「今のところ、異常はないんですよね?」
「そうね。
 やっぱりリハビリはあるから、ちょっとまだ疲れやすいのですけど」
「ですよねぇ。ゆったり、焦らずと言わなきゃなぁ」

 それで体調を崩してしまったらそれこそ長引いてしまう。

「…壽美田さん、やはり、青葉さんを引き取れそうですか?」
「まぁ…。
 ただ、俺の覚悟の問題も、正直あって」
「あら、どういう?」
「まぁ…世話していけるかなぁ、とか」
「ふふっ」

 小湊さんはふと笑った。

「多分、案外変わりませんよ。いつもいるかいないかの違いでしょう?」
「まぁ…」

 そう捉えられるのが普通だろうな。俺、確かに病院代とかの面倒は見てきたし。

「不安なんですか」
「まぁ…」
「じゃぁ早く会わないと。
 壽美田さん、貴方も紳士なんですから、ね?」
「はぁ…」

会って何かが揺らぐのだろうか。

「はい、こちらです」

 診察室の前に来た。これはこの担当医と個人面談したところじゃないのか?

 しかし全く声がしない。

 ノックをしてから「さぁ、どうぞ」小湊さんが扉をスライドさせる。
 ベットに寝た環と、喉に手を当てる担当医、増山先生がいた。

「あっ、どうも」

 増山先生が俺を見て頭を下げた。環は寝ているように目を瞑っている。綺麗だ。しかしなんだろう、具合でも悪いのだろうかと一瞬過る。

「どうも…」

 困惑しながらちらっと環を見ると、パッと閉じていた目が開き、俺を見れば、「ぁっ…」と、小さな声を漏らして。
 すぐに起き上がり驚いた顔で「ぅせい、さん!?」と、まだ苦しそうに驚愕を口にした。

「あっ…、」

 話せている。
 声が、出ている。

「環…」
「あら、」

 増山先生が少し驚いたように言った。

「青葉さん、話せましたね」
「え?」

なんだそれは。

 環も驚いたように先生を見て、頷いた。

「青葉さん実は。
 まだ、発声で言葉は、あんまりだったんですよ」

 小湊さんが嬉しそうに、耳打ちにならない耳打ちをしてきた。

「え?そうなんですか」
「壽美田さん、」

 そして増山先生が言う。

「貴方、凄いです」
「へ?」

 環を見れば、少し照れ臭そうに俯いてしまった。
 それに小湊さんと増山先生は目を合わせ、それだけで何かを語り、頷き合っていた。

「環は…」
「りゅうせぃさん、」
「はっ、」

その。
少し掠れているながらも、高すぎない、程よい音程の声に。
息を呑んでしまった。というかじわじわと胸が熱くなっていって。

「環、」

 少し側まで寄って、ベットに座ってキョトンとしている環の肩を緩く掴んでまじまじと顔を見てしまった。
 ふいに環の右手が伸びてきて、頬を撫でられたかと思えば。

「|いはっ《痛っ》、」

 つねられた。
 そんな俺に環は「ふふっ…」と、軽く笑っていて。
 この現象に凄く。

「環〜!」

 なんだか感動してしまってその手を握る。増山先生の「あらあら、」だの小湊さんの「お邪魔かしらね」も、どうでもよくて。

「喋れた、環、」

 稚拙な日本語しか俺には出てこなくて。なんだか泣きそう。だけど、

「環、具合は大丈夫か?無理してないか?」
「ぁい、だいじょぶょ」
「そうか、そうか…!」

 感極まって、しかしやり場がなくてとにかく環の頭を撫でる。
 「増山先生、」と振り返れば、

「退院しましょうか、青葉さん」

と言われた。

「壽美田さんがよければ」
「え?」
「私もいま急に思い付いたんで。
 ただ、貴方といればきっと心安らかで、声も、自然とよくなるんじゃないかなって。
 だって、貴方が来るまでずっと、喋るのが怖かった。そうでしょ?青葉さん」

 増山先生と目が合うと環は俯いてしまった。
そうだったのか。

「声は出せても話すって、それだけのことなんですよ。ね?」
「ぃつから…」

 さらに俯いてしまった。

「私はお医者さんですから。
 まぁ週2回の通院から始めませんか?体調も安定してますし」

 笑顔で増山先生は告げる。なんだかよく飲み込めない所もあって、「はぁ…」と、よくわからない返事をしてしまった。

「じゃ、決定ですね。
 実は退院はいつでもいいと、委員長も言ってくれていたんで、いまから委員長と理事長の所へ行ってきます。諸々の書類とか、ありますので。
 その間どうぞ、お好きに過ごしてください。
 恐らく…14時くらいには戻れるかと思いますので」
「あぁ、はい…」

 あっさり決まってしまったが。
 いまどうしようか部屋とか。

「すみません。
 あの…いま親戚が転がり込んでまして…とにかく、連絡してきます」
「あぁ、この前の」
「はい」
「わかりました。
 では戻ってくるまで青葉さん、お話ししましょうか」

 増山先生に言われて環はゆっくり頷いた。
 俺は小湊さんに、通話スペースまで案内された。

「実は、話せてなかったんです。青葉さん」
「はぁ…みたいですね」
「こっそり声を出す練習はしていたけど」
「え?」

 小湊さんを見つめれば、優しく微笑んでくれた。

「貴方の名前、最初に言いたかったんでしょうかね、青葉さん」
「はぁ…」

なんかそれって。
…照れるんだけど。

「ま、終わったら声をかけてください」

 小湊さんは、なんだか公衆電話のような見映えの箱の前で立って待っているようだった。

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