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その足で、俺はポケットのメモにあった警視庁持ちの病院に向かった。
304、西山真波《にしやままなみ》。少し深呼吸をしてノックし、「はい」と言う返事でドアを開けた。
あのマンションで見た以来だ。西山真波は俺を見ると、驚いた表情を浮かべ、手元の編み物をやめた。
前より、当たり前ながら大人っぽい印象。そしてお腹は大きかった。
「…久しぶり…覚えてるかな」
「あのときの…!」
「はい。壽美田デス」
「お掛けになってください」と促され、俺は横のパイプ椅子に掛けた。
間が出来る。
彼女は、果たして向井の死を、知っているんだろうか。
「その…、」
「…もう少しなんです」
「あ、はぁ…」
「この子を産んで、落ち着いたら牢屋に少しだけ入ります」
「そうか…」
「けど、産めるなら、まだよかった。そう思うことにしました」
「うん…」
「聞きましたか壽美田さん」
あぁ。
「…向井は、死にました。自殺しました」
「…あぁ」
「看護婦さんが教えてくれました。
壽美田さん、私は、正しかったのでしょうか」
虚無に満ちたように彼女は言った。
「…正しくは、ないかもしれない」
「壽美田さん、」
「けれど、好きだったんだ、それだけじゃないか、ただ」
悔しさが込み上げた。
情けなくも、拳が震える。
「壽美田さん、」
「…だけど、自分の人生は、恨んではならない、諦めたら、戻れなくなってしまうから」
「…壽美田さん。
決めました。私はなら、貴方を恨むことにします」
凄く綺麗な、さっぱりとした笑顔で彼女はそう言ってくれた。
「助けてくれた貴方を恨みます。間違ったのは貴方で、あの人です…」
「…そうだね」
「貴方はこれでも私に、自分を恨むなと、言いますか」
「…うん」
それしか言えないじゃないか。
「酷く、優しい人ですね貴方は」
「…西山さん、あの、」
「だからなんとかしてください。私とこの子の命は、貴方にあります」
「…はい、」
「次に来るときは全て済んでからにしてください」
「わかった…」
立ち上がり、ただ、一言、「悪かった」とだけ告げる。
彼女の返事を聞かぬまま、俺は病院を後にする。
…戻ろう、部署へ。
後はただただ、進むしかなくなってしまった。
ぼんやりと、昔のことも含めて考えてみる。
ただ漠然と、俺だってただ。
自分を信じてきたはずだったんだ。
そうせずにいられないからだ。
少し音を立てた。しかし揺らいでは、また自分を殺したくなる日々に戻ってしまう。
だがそれは嫌なことなのかすらわからないまま肩は、外れてしまったような感覚。
部署に戻り「あかん、あかんて…」と呟いてみて、よしとドアを開ければ。
目の前に潤が座ってパソコンを睨んでいる背中が見える。
他を見渡せば政宗と慧さん以外が仕事をしていた。
まだ司法解剖から帰れていないのか。
「ただいま」
そう言って潤の隣に座れば「やっときたか」と言われた。
「あのストーカーはわりとガセだったぞ流星」
「…そうか」
「…まずはタバコ吸いに行こ。それからな」
「あいよ…」
座ったが再び立ち上がる。
そして潤と共に、部署を出た。
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