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「なるほどな」

 薄暗い、チャペルの光。首のない聖母、泉水の縁に、黒のチェスターコートを纏った細身で、真っ直ぐな肩髪の男が腰掛けている。
 男の手には、場に似つかわしくない白の紙書類、方膝立した足元にビジネスカバンが置いてあった。

 その男の背後、聖母に腕組みで寄り掛かる中性的な見栄えの長い銀髪、日本の男子よりは高い身長で白衣を着た男が、冷たい目で興味もなさそうに男を見下ろしていた。

「落ちたか鮫島」

 書類をぽいと、銀髪を見もせずに託す男は、その書類が銀髪に渡った感触後に、癖であろうかその手で軽く口元を摘まむ。黒子が印象的だった。
 しばし空を眺めた後、男はぼんやりとコートのポケットから紅いパッケージのタバコを取り出しジッポを開けた。

 登る紫煙に銀髪が言う。

「お前、わかってたんじゃないのか」
「…どこから、どこまでをお前がそう言うか、イマイチわからないんだが」
「全部だ。狂犬がここまで追い付くと」

 銀髪は書類を男に投げつける。紙が舞わないファイル式。その書類が背に当たれば大袈裟に男は溜め息を吐くも、「くっ…ふっはは、」と、腹の底から漏れ出た嘲笑が、少しばかり狂喜的。

「何がおかしい」

 不機嫌そうに言う銀髪に男は構いもせず、ただただタバコを持つ手で額を揉む。

「わかってなかったのはお前の方だろ、箕原」
「…お前ここで殺されたいかヤマシタ」
「はぁ、別に良いけど。多分ならまだ早ぇよ、そういうところが甘いんだよ、昔から」
「そうか、ならば言うが。
 お前、何故黙っていた」
「何を」
「|星河隊《ほしかわたい》の息子の話だよ、ヤマシタ」

 男、ヤマシタは漸く振り向き、
心底わからない、と言うように眉を潜めては「まぁ、」と、
次には足元のカバンへ手を伸ばした隙に懐からリボルバーを抜き背中の、箕原海へ向けてハンマーを引いた。

「必要な時期に必要な話をするのがこの業界の鉄則だと思うけど。お前にとったらまぁ、必要ないだろう。強いて言うならあのクソ野郎の倅と言うだけ」

 カバンから器用に、A4の茶封筒を取り出してまた振り返る。箕原は銃ごときで動じてなどいない。それにまた苦笑の思いだった。

「君が欲しいのはこれだと思うぞ。
お前のボス、エリック・ロストの末路だ」
「…神父がどうした」

 半ば疑いの目で警戒深く封筒を受け取り中身を伺う箕原海に「ふははっ、」とまた笑いだす番犬が奇妙で仕方ない。

「俺達の末路でもあるかもな、箕原」

 しかしこの男は時にこうして。
 闇を見つめるか、紫煙を見つめるか。わからなくも透いた、どこか悲しい目をすることがあると、これもまた感慨がある。

 だが、腐れ縁だ。
 腐り溶け、朽ちるだけの縁なのだ。

 そのままリボルバーを下げ、手元に置く男のマグナムはいかなるものか。

「俺らすら追い付いていないんだよ、箕原くん」

 バカにするように呼ぶ男の冴えた声。

「彼が望んだのは破滅だった、という話だと、俺も思っていた」

 箕原が書類を捲る音がするも、
正直ヤマシタにはどうでもよかった。

「昴の会は端から、平等ではなかったのはお前だってわかっていただろう」
「だから、」
「そうさ。だから地獄の神は狂っちまったわけさ」

地獄の神。
ハデス。

 それは己にとっての神なる男だ。
 あの日全てを地獄へ変えた。箕原にとってのテロ、クーデターだと、感じたはずだ。

しかし。

「昴の会は、平等ではない。とうにあんなもの」
「君は何を渇望するんだ箕原」

 静かな、諭すような声。
 この声は、そう。
 あの、自分達を救おうとしたはずだったレミントンに、非常によく似ている。

 紙切れには知った情報、
エリックが茅沼樹実に殺された経緯ばかりが書かれている。

「…は?」
「狂犬も番犬も結局は地獄の住人なんだよ。破滅あって地獄の意味が与えられる」
「何が言いたい」
「あいつもあいつで結局犬だと言うことだ。神には抗えない」

だが俺は。

「…まぁ、ケルベロスは冥界から逃げるものを、食らいつくすのがギリシャ神話だ」
「はっ、お前がな」
「主人なき今、俺の仕事は冥界を守ることだろう、箕原」
「だからなんだ」
「守秘義務くらいあるという話だ」
「それがなんだ?あのクソ官房の息子とどう関係がある」
「そのクソ官房の息子の所在は神の元にある。
 そうだなぁ…ハデスならば、彼はカロンの立ち位置か」
「…だがハデスは」
「そうだ。お前が執着する同郷、狂犬壽美田流星の親族だった」
「…は?」
「しかし恐らくそれすら」

 虚像だ。
 今となれば、まさしく流星。屑ほど意味がない話。拾い集めなければ星ですらない。

「…ヒントとしては彼らのスタート。前防衛大臣|中塚《なかつか》|義昭《よしあき》からかもしれない。ハデスの始まりだ」

 なんの比喩か。
 それはあの、茅沼樹実がテロ紛いを起こした空軍基地の話しか。

「…もったいぶるなよ」
「話せば長いが、俺は詳しくを知らない」

 ヤマシタは箕原海を眺め、薄ら笑いを向けた。

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