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漸く特本部の部署についた頃には、深夜2時を回っていた。
つい30分前の電話。
「はい、スミ」
『ヤバイ。これは一言で動揺を隠せません。今すぐ特本部に行ってください。星川、荒川、千種は手配したから』
「…今から向かいます。道すがら説明願いますか」
『…もう警視庁なんなのクソだなあいつら』
足は今来た方へ向く。家の前だったというのに。
「落ち着いてください、高田さん」
『落ち着いてられるか…っ!
江島が逃げた』
「えっ、」
『内部に逃がしたやつがいてそいつも一緒に今江島といる。どこにいると思う?誰だと思う?』
「…内部犯?」
『やられた…。
今官房長の自宅に立て籠ってる』
「なんて無謀な」
『あぁ、死ぬ気なんだろう。あいつは』
この高田の話し方は、かなり近い人物だろうか。
『…白澤《しらさわ》だ』
「はっ…」
白澤銀河《しらさわぎんが》。
それは、俺や潤や政宗にも深く関わりがある人物だ。
「なんで…」
『知らん…!俺が聞きたい!』
「…急ぎます」
通話を切った。
まさか、あの人が。
白澤銀河は、当時のエレボス事件での、戦友だった。組織解散後は警視庁で監察官、つまりは警視にまで登り詰めた男だ。
30代で監察官というのは極めて異例。要するに若いのだ。ましてやエレボス事件はほぼ強制終了。あまり印象はよくなかったはずなのだ。
だが、彼の真面目さや情熱は買われた。
そんな男が何故。
あの事件で最も心を痛め、しかし真っ直ぐに前を見て出世したのはあの男だった。そういう人だった。
『いつか俺は取り返して見せる。同じ悲劇はもうたくさんだ』
あの人は俺に最後、そう言った。
それがどうして。
俺の右手を掴むその震える両手も、大の大人が、顔をくしゃくしゃにして大声で泣いたあの戦場が頭から離れない。
車に乗り込んで思い出す。
樹実《いつみ》をこの手で撃ち殺したとき、俺の頭の中は真っ白で。
だけどはっきりとアドレナリンだけが放出されていて。
どうでもよくなってしまったなと思った次の瞬間にはこめかみにデザートイーグル。
『流星!』
そう叫んで後ろから抱き締められて、俺の手を無理矢理下ろしたのはあんただった。
一緒に二人で崩れ落ちて、だけど、あんたの方が先に泣きじゃくってたから、俺はどうしていいか分からなかったんだ。
『これ以上親友を殺さないでくれ!』
『…は?』
こんな俺にまだ親友だと。
こんな、狂った俺に、まだ親友だと。
『止められなかった、止められなかった…!』
なんでそんなことを言うのか。
まわりをを見渡せばみな、俺のことなんて獣のようにしか見ていなかったのに。
潤なんか、あのあと。
廊下ですれ違ったときに俺に、「この殺人犯が」と俺を罵ったのに。
そう言えばそれから潤にはぶん殴られたな。あの借り返してないや。
「てめぇの面なんて二度と見たくねぇ。俺の前に現れたら本気で殺してやる」
「あぁ、そうしてくれ」
「…ってめぇ!」
そう言ってぶん殴られて。
それを止めたのも、たまたま通りかかったあんただった。
「俺を誰か殺してくれ。潤でもいい。政宗でもあんたでもいいんだ。もう…」
「わかった。わかったから」
潤は声を殺して泣いていた。そりゃそうだ。俺が目の前でお前の恩師たちを無惨に一人一人殺していったんだから。
「その前にじゃぁ、お前を救えなかった俺を殺してくれ」
「…はっ?」
「それからにしよう。それまでお前は生きてくれ。背負って生きてくれ。俺はそれも全部背負って生きることにするから」
「あんた、頭おかしいのか?」
「ただ単に、俺は」
部署につく。
入ると、政宗と潤とユミルがいた。
疲労というよりは、雰囲気が殺気立っていた。腐っても、こいつらは根っからのスナイパーだ。
「メンバーは…」
「俺らだけのようだ」
政宗がタバコに火をつけた。ユミルが嫌がるかと思いきや、鋭い目付きで銃の手入れをしている。こいつはいつも、戦う前は静かだ。
「…情報があまりない。どうなってるか…」
「江島が逃げた。その手助けをしたやつがどこかにいるっぽい。
あの人は、…白澤は、逃げた江島と落ち合ってそのまま官房長の車に乗り込んで自宅へ直行、今現在という感じだね」
「日本の警察はどうなってるの?そんなにあっさり犯人が逃げられるの?」
「いや、あっさりではないな。これ」
警察病院の前に倒れる警備員。
しかし、血が出ているわけではない。
「暴行?」
「かもな」
「これはつまり、江島が病院にいることを知っていてここに銀河が迎えに来た、そこから官房長の自宅へってことだよな」
「そーゆーことだ」
「つまり今日の俺たちの一連の流れをわかっているやつじゃないと出来ない。しかし迎えに来たのは」
政宗はケータイを取りだし、防犯カメラの映像を流した。
官房長運転手が降りてきて。
警官をぶん殴ってるのは江島で。
江島と共に銀河が官房長の車に乗り込む。
ここまでで、真犯人は出てきていないが…。
「時間は23時51分。江島が入院したのを知っているのはごく一部だよな?だって俺達まだ始末書提出してねぇし」
「てかあのデブ元気じゃん」
「確かに、昼間のあのやられっぷり、微塵も感じさせないな」
「え?何々?」
「うん。流星がこのデブ思いっきりぶん殴って病院送りにしたんだよ、今日の昼間」
「へぇ、どしたの?」
「姫がこいつに取り調べ中襲われたんだよ」
「まぁ!ジュンちゃん、大丈夫かい!?」
「この通り大丈夫」
「流石だねリュウ。俺リュウのそんなとこ好き」
「はは…、あんま褒められた気がしない」
「あ、想像したらムカついてきた。なんだこのデブ。殺す。だってジュンちゃんとあんなことやこんなことをしようとしたのかいこの汚ぇクソ豚野郎。ぶっ殺していいよね、うん、いい。
あー、Fuck」
「ユミル、自粛」
「しかもユミル、標的は、まぁこいつもだけどこいつは出来れば殺しちゃダメだから。今回はこっち」
「え?誰?」
ユミルの質問には誰も答えなかった。3人で黙っているとユミルは、「え?なんなの?」と、追求してくる。
「この人は」
「犯罪者だよ、ユミル」
潤がそう言う。
「警察の偉い立場の癖に、こうして犯罪者を逃がして、官房長の家に今や立て籠ってる極悪人だよ」
「…ジュンちゃん?」
「なんだいユミル」
「そのわりになんか…なんて言うのかな。glum faceだね」
「…ユミル、その人はね、」
「流星、」
「俺たちの、仲間だった人なんだよ」
「え…」
室内に沈黙が流れた。
「…その人、どうして?」
「わからない」
「なのに皆、ここに集まったの?」
「ユミル、うるさい」
「だから今から、聞きに行こうじゃないか、潤」
「嫌だ、聞きたくない」
「潤、」
「お前にはわからないよ俺の気持ちなんて。俺がどんな思いで今日までやって来たと思ってんの?俺がどんな気持ちでこの事件やってるか、お前になんてわかるわけない…!」
「…潤」
「うるせぇ!もういい加減にしろ!」
潤は頭を抱えて俯いてしまった。
「…先行くぞ。
ユミル、準備は出来てるな?
流星、お前も早く来い。下にいる。潤はダメなら置いとけ」
やれやれと言うように政宗はユミルを連れて先に部署を出た。
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