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あの日から一ヶ月が過ぎようとしている。人生30年ちょっと、1/3世紀生きて来て俺は今、人生初の試みをしようとしている。
「あー!もうやだ!」
「うるさっ。お前耳元とかマジやめろよ」
なんなんだこの苦労。なんでこんな、焦れったいことしてんの俺。
「膨らまないやん!」
オーブンの中のケーキを見て腹が立っている。
「お前さ、料理出来るくせにあまりにもこっちセンスないね。
大体膨らまないのはお前の卵技術が悪いんだよ!
だから言ったじゃん泡にしろよってさ!」
んなこと言われても。
だって卵って基本混ぜきっちゃダメじゃん。そんなん許されるの玉子焼きだけだろう。
「ほら、もっかい!」
「うー…」
真里がにやけながら腕を組んで後ろで見てる。そんなに俺、センスないかな。
「意外と為になるでしょ、お料理教室」
「日常的にこれは作らないもん」
「でも小夜喜ぶでしょ」
「うー…」
そもそも俺はそんなに甘いもん食わないんだよ。栄養源なんてタバコと酒と薬なんだよ、これだけ言うととてつもなくヤバイやつだけど!
「みっちゃんがんばっ」
「キモい。マジそうやって間接的に小夜を汚すなクソジジイ」
教わっておいてこの口の利き方はよくない。だがおっさんは「きゃー、怖いよぅマリちゃん」とかふざけてるので突き離そう。
「…柏原さん、悩みでもあるんですか。あんた今本気でキモいよ」
「悩みの種は光也の変な不器よ…おい、だからさ、菜箸《さいばし》で混ぜてどうすんだよ!日が暮れちまうだろ!」
「あ、ホントだ」
つい持っちゃうんだよな菜箸。
「ホントだってお前何?癖?」
「そんなとこ、手首痛い」
なんなの卵。
「お前のもやし根性叩き直すのに良い機会だな」
飽きてきた。もう出来合いのもんでいいかなと思い始めた。
「てかお前いい加減飯食いなさい」
「んーもちょっと」
「まったく…真里、飯食お。こいつに付き合ってたら終わらん」
「うぃっす。頑張ってね」
二人とも俺をからかうのをやめてキッチンから去ってった。やっと集中出来る。
しばらくは黙々と一人で作る。
卵をなんとか泡立てることが出来た。一度伸びをして俺も飯を食うことにする。
ご飯と味噌汁を手に席へ行くと、最早二人は食い終わった様子で雑談していた。
「お、終わった?」
「泡立て成功…」
「てか今更言っていい?」
「はい、何でしょうか」
「わざわざお菓子じゃなくてもよくない?」
ここに来てそれを言うか。
「うん、俺もそれ思ったけど…いやぁ、やると一瞬決めたからには」
「そーゆーとこ意味わかんなく頑固だよな」
「まぁやらせときなよ。俺ちょっと必死な光也さん見てるの好きだから」
何を嘲笑ってんだこの野郎。でもどうやら凄く楽しそうな、それはもう、輝くような笑顔を見せやがるからぶん殴ろうとした右手をぐっと押さえる。
「つかそろそろ休憩したら?」
「してるよ今」
「だって飯食ったらどうせすぐ始めるんだろ?」
「うん、まぁね」
「お前ははまりこむとホント凄いな」
いや、もう飽きてきてる。
でも折角だから。
知らず知らずにカウンターに置いてあったチューリップを眺めていたことに気が付いた。蕾がそろそろ色付いてきている。あれは赤だ。
店の前のチューリップの方が少し成長が早い。店の前のやつはもう、少しだけ開いている。黄色とピンクだ。
あれから雪子さんは常連になった。チューリップも、小夜が喜んでいたので栄養剤をくれたり、育て方を教えてくれたりしてるみたいで小夜がすっかりチューリップのお世話係になっている。
「そう言えば、お前らん家の花咲いたの?」
「んぁ?まだだよ、ほら」
おっさんに笑顔の小夜とチューリップのツーショットを見せる。これはもらってきてすぐの時の写メ。
我ながら良い出来だ。
「ふごぉぉ!か、かわええ」
「だろ。思わず撮っちゃったよね」
「ちょ、頂戴!この子なんてかわええの」
「やーだね」
「意地悪言わんといてな!」
「柏原さん、光也さんの京弁移っとるから」
「お前もな!大丈夫、ズリネタにはしな」
「ぜってぇやだ」
こんな変態に天使のような小夜はやれん。
「一言余計なんだよなぁ、柏原さん」
マジ間接的にでも小夜を犯したらぶっ飛ばすどころじゃない、捻り潰してやる。
キッチンに3人で戻ると、先程俺が泡立てた卵の泡は消えていたが、それを見たおっさんが、「おおっ、完璧じゃん」と頭を撫でてきた。
「これで一つ覚えたね光也さん」
小学生の図画工作じゃないんだから。二人とも誉めすぎだっつーの。
そこから熱中して一人、教えられたレシピ通りに作っていく。
上手く出来ると良いんだけど。
最後、オーブントースターを見守りながら焼いてる間はタバコをいくらか消費した。
そんなとき、「おはようございまーす」と小夜が出勤してきた。
「あ!お料理教室やってる!みっちゃんどう?」
「おぅ。なんとかな」
「どれどれ!」
そう言って着替えもせず真っ先に隣に来てふたりでオーブンを見つめる。
「うわぁ!美味しそう!」
「美味かったら今日食わしてやるよー」
「わーい!
これケーキ?」
「…アップルクーヘン」
「はいはーい、二人ともこっち見てー」
おっさんに言われて振り向くと、パシャっという音がしておっさんが持つケータイが光った。
「あ、」
「おー、いいじゃん。ホームページにアップすんのどーやんの?」
とか言っておっさんは真里にケータイを渡している。
肖像権の侵害だ。
てか…。
「ホームページ?」
「そうでーす。この店のホムペ作りましたー」
知らなかった。てかおっさんそんなに文明的じゃなかったよな。
そのケータイを覗いてみると、さっき撮ったのであろう写真も乗っているホームページが開かれていた。
更新日時を見ると、どうやら毎日、おっさんは日記らしきものを書いているらしい。
「いいなー!私もなんか書きたい!」
「おー、いいよ。真里、これ送ってみんなに」
「うぃっす」
中途半端に文明的だ。
最早真里はおっさんのお世話係になってるな。
さっそくURLが送られてきた。後で見てみようかな。
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