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まるでコンクリートが歪んでいるかのように見える。
初夏の中、俺は一人その坂を自転車で降りていく。生温い風がまとわり着くような暑さだ。
どうして関東はこう、じめっとしてるかなぁ。
蜃気楼が平衡感覚を狂わせる。変な感覚だ。
ふとケータイが尻ポケットで振動した。仕方なく、自転車から降りて確認すると、バイト先からだった。
あれ、今あがったんだけどな。
「はい、もしもし志摩《しま》で」
『もしもしぃ?しまちゃぁん?店長の村山《むらやま》でーす!』
「…はい」
『あのねぇ、今日少し入れなぁい?私いまからぁ、病院行ってくるー』
すげーハイテンションで『病院』という単語を言われてしまっても、なんの説得力もない。
「はぁ…大丈夫ですか?
俺ちなみに今入ってましたけど」
『大丈夫ー残業代!』
「…はい。今から行けばいいですか?」
帰りに少し余裕があったのでアイスを買ったというのが運の尽きか、家に到着している状態にすればよかった。
「15時に間に合うように取り敢えず行くんで」
そう言って一方的に電話を打ち切った。あと40分。
家まで急いで帰ってチャリ2分。バイト先まで片道5分あれば余裕かな。病院ってことは、3時間くらいやればいいだろう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰ると、小夜《さや》は漢字スキルをやっていた。一生懸命やっているので、ちょっとからかいたくなって、アイスを首元に当てた。
「ひやっ!」
「はっはっは、頑張ってるな」
「曲がっちゃった…」
それを見て消ゴムで消している。ちょっと拗ねてしまった。
「ごめん、つい。
ほら、ピノ買ってきたよ」
そう言うとようやく顔をあげてくれた。ホームランバーをくわえながら頭を撫でる。最近は頭を撫でても怖がらなくなった。
「俺ちょっとまたバイト入っちゃったからもうちょっとしたら行くな。お留守番よろしく」
小夜は頷いた。ピノを渡すと「ありがと」と言い、くるくると、箱を回すように開けた。最初はそれ、開けられなかったのに。進歩だ。
巻かれてた透明のポリエステルを預かり、ホームランバーのゴミと共に捨てた。
「さて、行ってくるわ」
ふと、Tシャツの裾をちょんちょんと引っ張られた。振り返ると、小夜がピノを一個差し出していた。
しゃがんでそれを受け取り、食べる。棒は返して頭を撫でた。
「ありがと。頑張ってくるわ」
「いってらっしゃい」
再び家を出た。もうちょっと家にいてやりたかったけど。
小夜は思ったよりも強いヤツだ。本当は寂しいだろうに、一緒に住み始めてからそれを言うことはない。それが少し心苦しくもあるが同時に、ならば頑張らなければとも思う。
現に、経済的に少し厳しい。一人でいた頃は、気持ち余るくらいの稼ぎだったが、それもほんのわずかではあって。それが今やマイナスになりつつある。なんとかやりくりしてマイナスにはならない、マイナスにしてはならないが、このままいけば確実にマイナスになる。貯金もそろそろ危機。これは掛け持ちをしなければならないだろう。
しかしそうすると、小夜とあまりいれなくなってしまう。
こんな時に悔やまれるのが自分のいままでの人生だ。
なんでもっと前に就職しなかったかな。今のバイト先の社員の話を蹴っちゃったかな、とか。だがそこを考えても、もう遅い。
職を探そうにもなかなか時間も余裕もない。今はこの状況をどうにか打開しなければならない。
現実はなかなか厳しい。金と言うのは使うヤツにしか優しくない。
あー、考えたら沈んできた。ダメだダメだ。
取り敢えず今は残業代。そう考えよう。
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