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 朝の目覚めは鳥の|囀《さえず》りや蝉の声などではなく、電話の音だった。時刻は6時34分。電話はバイト先だった。

 あれ、時間間違えたかな。今日は8時からだったと思ったんだが…。

 電話に出ると、店長だった。

『もしもし、しまちゃん?』
「はい」
『ごめーん、急だけどさ、出来るだけ早く入れない?』
「は?」

 あ、やべ、寝ぼけてるとはいえかなり不機嫌に返しちゃった。でもまぁいいか。

 電話で小夜が起きてしまったので一度ベットから降りて部屋を出る。

「…今起きたんですけど」
『私ぃ、あれから具合悪くてぇ』
「あんまりそれ面倒見ちゃうと、こっちも嶋田さんに怒られるんですよ」

 昨日も嶋田さん、店長に診断書が云々とか言ってたしな。

『大丈夫、言っておくからぁ』
「残業代になるなら」
『後ろその分削るからぁ』
「話にならない。別の日につけるとかやられそうだしな…」
『わかったわよ!残業代は無理だけど後で有給』
「いや、もうあるし」
『じゃぁどうするのよ?あなたも今日いるでしょ?苦労するのよ?
 この条件飲んでくれないなら明日からシフト入れてあげない』
「いいっすよ、入ります。嶋田さんに事情を話して打告はちゃんと管理してもらいます。では」
『ちょ、それじゃぁ』

 なんか騒いでるけど電話を一方的に切った。即ショートメールがくる。

“今日はシフト通りに入ってください”。

 もう遅いし。

 部屋に戻ると小夜はうつらうつらしていた。

「小夜、ごめん、今からバイト行ってくるな。お昼ごはんはチンして食べて」

 聞いていたかいないか、小夜は目を閉じた。

 すぐに用意して家を出た。控え室で急いで着替えて店に入ると、バイトの長谷川《はせがわ》さんと嶋田さんが一人分の穴を背負い、忙しなくオープン作業をしていた。俺が現れると、驚いたような、だけど安心したような顔だった。

「おはよう志摩くん」

 長谷川さんが笑顔で挨拶をくれる。

 この店で長く勤める長谷川さんは、詳細はわからないが朝限定で入っている。聞く話によるとシングルファザーというやつで、本職を別に持っているらしい。年は50代ほど。年のせいもあって、少し力仕事は手伝ってあげなければならない。

「おはようございます。突然ですみません。早速ですがどこからやりましょう?」
「志摩くん…おはよう。店長からかい?」
「はい」
「大丈夫かい?昨日もだし…」
「なぁに、これくらい大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「志摩くんおはよう…長谷川さん、少しだけすみません」

 ふと、嶋田さんに奥へ連れられた。多分、昨日と今日の話だろう。

「今日もありがとう。
 あの女、なんて言ってた?」
「今日も具合悪いから早めに入ってくれって」
「…実はね、店に連絡ないんだ。いわゆるバックレだ。ちなみに何時ごろ電話あった?」
「ついさっき、6時半くらいです」
「そっか。
 本当だったら店長のシフト丸々お願いしたいところだが、申し訳ない、ここは敢えて、君は今日、今日入ってたシフト通りに上がってくれ。つまり、店長の方が長いんだけど、そこは変わらなくていい」
「…はい」
「朝の分はちゃんと残業でつけておくから。ちなみに今日はそれに関してなんて言われた?」

 俺は先ほどの店長とのやりとりを話し、メールも見せた。

「これ、もし上の人から聞かれて事実確認されたら、正直に答えていいから。で、メールも取っておいて欲しい」
「わかりました」
「わざわざごめんね、ありがとう。本当に助かったよ。オープンいなくて参ってたんだ」

 これは店長、辞表コースなんだろうな。嶋田さん、よほど頭に来てるしな。

「まぁ、一人抜けるとキツいですよね、この時間は」

 それからは黙々と作業をこなした。後半は余裕が出て、むしろ仕事を前倒しでやることが出来た。

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