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 そろそろと引き戸を開ける少女。彼女が着ていた、カエルが真ん中にプリントされたTシャツと灰色の半ズボン。

「やっぱりちょっと大きかったな。ドライヤー使う?」

 ちゃぶ台の上に置いてあったドライヤーを目で促すが、少女は首を横に振った。
 ついでに座るように促す。俺が立ち上がって少女と場所を交換。

 取り敢えず、ワンピースを洗濯することにする。洗濯かごから取り出し、引き戸の横にある洗濯機の前で、汚れが目立つところに漂白剤を直接かけるという作業をして洗濯機を回す。

 落ちるといいけど。

 ふと、部屋から視線を感じた。やっぱり少女は、体育座りでじっと俺を見ている。

 …なんか気まずいな。

「このワンピースかわいいやん…。汚れ、落ちるといいな」
「…」

 こいつさっきから全然喋らないな…。俺と一言も会話してなくないか?

「君、名前は?」

 少女はそれに、どうやら答えようとして口を開けた。
 が、声を掠れさせ咳き込んでしまった。

「おいおい大丈夫か!?」

 麦茶をついで目の前に置いてやった。なんか喉あたりをさすっている。風邪でも、ひいたのかな。肺炎、よりはなんとなく浅い咳な気がするけども…。

 少し距離を置いて座れば、少女は左手で何か字を書くようなジェスチャーをし始めた。
 パッと、ガス代の控えとボールペンが目につく、もしかしてと、試しに麦茶の横に置いてみた。

「後ろに書いてええよ」

 促してみれば少女は少し躊躇いながらも、控えの裏に、“小や”と書いた。

「なんて読むの?」

 少女は“小や”のすぐ横に、さや、と書いた。

「さや、か。
 俺は光也。ひかりになりって書く。さやのやは、ひらがななん?」

 さやは紙に、よると書く。

「よるか!
 君の名前は、こう書くんよ」

 紙に、小夜とゆっくり一角ずつ書いてあげた。

「小さい夜って書くんだな」

 それだけで小夜は、きらきらした楽しそうな目で見つめてきた。
 いままではずっと、なんだか泣きそうな、だけどどこか子供らしくない、諦めの入ったような目をしていたのに。
 そんなに嬉しかったのかな。

「自分の名前、書けるようになるといいな。練習しないと。」

 小夜はうんうんと頷いた。そしてまた、俺を見つめるんだが、果たしてなんだろう…。

あ、もしかして。

「あ、俺の名前?」

 頷いた。

「こうだよ。ひかりなり」

 そしたら小夜は俺が書く字をずっと、キラキラした目で夢中に見つめている。

「小さい夜と光に也。なんか詩みたいだな。
 小夜ちゃんさ、何歳?」

 小夜は右手を広げ、さらにその手の平に左手の人差し指と中指と薬指を当てて返答をしてくれた。

 8歳…てことは小三?

 小夜は俺の名前を練習し始めた。

 これじゃぁ紙足りないかな。
 そういえば、ルーズリーフあったな。

 テレビ台の下の引き出しからルーズリーフの束を取りだし、置いてやる。

「何枚使ってもええよ。てか、自分の名前練習したらいいのに。
 漢字まだ勉強してないんか?」

 小夜は首を振った。どういう意味の否定だろうか。
 そうこう過ごしてるうちに洗濯機が鳴った。

「まぁいいや。ちょっとコインランドリーで乾かしてくるよ。
 腹減ってる?おやつかなんか買ってくるわ」

 小夜はペンを置いて何かを喋ろうとしたようだ。
 それはよく聞き取れなかったが、ありがとうと言われた気がする。声が少し掠れていた。俺が聞き取れなかったのを察したのか、小夜は両手を合わせて小さく頭を下げた。

 ワンピースをスーパーの袋に入れ、財布とチャリの鍵を持って外に出れば、雨が降っていたことにはっとした。
 仕方なく歩いて行くことにする。

 まぁ、どうせ歩いても3分位だし。

 また玄関を開けて下駄箱にかけてあったビニール傘を掴んで今度こそと傘をさして家を出た。

 ぼんやりと歩いていると何組か、歩くのに邪魔になるような集団がすれ違う。雨の中半袖で、重そうなランドセルを背負いながら走り回るやつもいたりして。

 下校時間か、懐かしいな。
 赤や黒だけじゃないランドセル。なんかそれは風情がないというか…。
 中には黄色い、交通安全のカバーをつけた子もいる。
 ぶつかりそうになるやつを避けながら歩いた。

 コインランドリーで服を乾かしている間、コンビニに寄った。スナック菓子と飲み物くらいは買って帰ってやろう。

 好き嫌いとかあるかな…。てか子供ってアレルギーとかそーゆーの面倒そうだな…。

 とか悶々と考えていたら結局なんか、いっぱい買ってしまっていた。
 ワンピースが乾くまでの30分なんて、時間が余るだろうなとか思っていたらそんなこともなく。

 コンビニからコインランドリーに戻ったらもう終わっていた。シワにならないように畳んで、家まで帰った。

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