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家の前まで帰ると、小夜が階段の下で、あの折り畳み傘を差して待っていた。
「おい、どうした…」
俺の顔を見るなり小夜は、泣きそうな表情を見せる。
「……きた」
よく、聞き取れない。
「ん?」
雨の音が、小さな声を邪魔する。
顔の高さまでしゃがみ、視線を合わせて促した。
「……えってきた……」
あぁ多分、“帰ってきた”って言ったんだ。
「…そりゃぁ帰ってくるよ。ほら」
小夜に手を差し伸べ、繋いで一緒に階段を登る。俺は部屋の前で手を離して傘を閉じる。小夜は、傘を閉じずに見つめていた。気に入ったんだろうか。
「それあげるよ」
小夜は、驚いたように俺を見つめてくる。
「どうせそれ使わないし」
そう言うと小夜は傘を閉じた。そして、付属の傘袋の中に傘をしまう。
「そうだ、腹へった?お菓子買ってきたよ」
玄関でお菓子の袋を見せる。さっきから小夜はずっと、不思議そうな顔をしている。
「どうした?」
「…いの?」
さっきよりは聞き取れるようになった。
どうやら、喋れないわけじゃないらしいな。
「うん、ええよ」
それから部屋に戻って座布団に座る。
ちゃぶ台に置かれたルーズリーフには、何回も書かれた俺の名前と小夜の名前。俺の名前の方が数が多かった。
その横にコンビニの袋を置く。
「あのさ、具合悪かったりしないか?だるいとか頭痛いとか。喉痛いとか」
あれだけ雨に当たってたし、熱とかあったら警察よりも先に病院かもしれない。
でも、だとしたら、受付になんて言ったらいいんだろう。
俺が知っているのは、“小夜”という名前と、8歳ということだけだ。保険証とか持ってたらいいけど、どう見ても小夜は手ぶらだ。
小夜は首を横に振る。だが一応、ペン立てに刺さっていた体温計で体温は図らせた。
36.2°。大丈夫かな。
「…好きなの食べていいよ」
小夜は、チョコチップクッキーの袋を開け、両手を合わせた。
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