4


 家の前まで帰ると、小夜が階段の下で、あの折り畳み傘を差して待っていた。

「おい、どうした…」

 俺の顔を見るなり小夜は、泣きそうな表情を見せる。

「……きた」

 よく、聞き取れない。

「ん?」

 雨の音が、小さな声を邪魔する。
 顔の高さまでしゃがみ、視線を合わせて促した。

「……えってきた……」

 あぁ多分、“帰ってきた”って言ったんだ。

「…そりゃぁ帰ってくるよ。ほら」

 小夜に手を差し伸べ、繋いで一緒に階段を登る。俺は部屋の前で手を離して傘を閉じる。小夜は、傘を閉じずに見つめていた。気に入ったんだろうか。

「それあげるよ」

 小夜は、驚いたように俺を見つめてくる。

「どうせそれ使わないし」

 そう言うと小夜は傘を閉じた。そして、付属の傘袋の中に傘をしまう。

「そうだ、腹へった?お菓子買ってきたよ」

 玄関でお菓子の袋を見せる。さっきから小夜はずっと、不思議そうな顔をしている。

「どうした?」
「…いの?」

 さっきよりは聞き取れるようになった。
 どうやら、喋れないわけじゃないらしいな。

「うん、ええよ」

 それから部屋に戻って座布団に座る。

 ちゃぶ台に置かれたルーズリーフには、何回も書かれた俺の名前と小夜の名前。俺の名前の方が数が多かった。
 その横にコンビニの袋を置く。

「あのさ、具合悪かったりしないか?だるいとか頭痛いとか。喉痛いとか」

 あれだけ雨に当たってたし、熱とかあったら警察よりも先に病院かもしれない。

 でも、だとしたら、受付になんて言ったらいいんだろう。

 俺が知っているのは、“小夜”という名前と、8歳ということだけだ。保険証とか持ってたらいいけど、どう見ても小夜は手ぶらだ。

 小夜は首を横に振る。だが一応、ペン立てに刺さっていた体温計で体温は図らせた。

 36.2°。大丈夫かな。

「…好きなの食べていいよ」

 小夜は、チョコチップクッキーの袋を開け、両手を合わせた。

- 4 -

*前次#


ページ: