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「小夜ちゃん?はさ、なんであそこにいたの?」
「…」
「ゆっくりでええよ」

 小夜は俯いてしまった。

「迷っちゃった?」

 首を横に振る。皆目わからん。

 子供の前だとダメかなと思って我慢してたがダメだ、ベランダでタバコ吸ってこよう。イライラしてしまいそうだ。

「まぁ、ゆっくりな。
ちょっとタバコ吸ってくるわ」

 ちゃぶ台に置いておいた灰皿を持ってベランダに出ようとするが。

「だぃじょぶよ」

 窓を開けようとしていたところだった。焦ったような感じで小夜は言う。振り向けば、寂しそうだ。

 だが、やはり子供の前で吸うのは気が引けるので、窓を少し開けてそこに立って吸うことにした。

「ぉとぅさんも…そう…してた」
「…そっか」

 徐々に小夜は喋れるようになっている気がする。声の掠れもよくなっている。

「…ぉかぁさんに、…出てけって…言われたから、ぁそこ、いた」

 どうも、喋り出しがキツいようだな。

「お母さんと喧嘩した?」

 小夜は首を横に振った。

「お母さん、心配してるぞ」

 これにも小夜は首を横に振る。親の心子知らずとはきっとこの事なんだな。

「まぁきっと今はそう思うんだよな。
もうちょっとしたら帰ろう?な?」

 また、首を振る。

「じゃぁどうするんだ?いつまでもここにいるわけにはいかないだろ?」

 小夜は外を指差した。

「それじゃ死ぬだろいつか。
 お母さんと仲直りして、ちゃんと家に帰るんだ」
「……」

 俯いた。わかってくれたかな。

 乾かしたワンピースを取り出して渡そうとした時、震えているのがわかった。見ると、小夜は静かに歯を食いしばって泣いていた。

「ど…えっ?」

 俺…泣かせた?
 こんな時どうしていいかわからない。

「どうしたんだよ…何があったんだよ…」

 涙を両手で拭っている。それでも溢れる涙。
 まったく仕方ないなぁ。

 よくこうして、彼女の涙を拭ってやったっけな。手に残る感触。潤んだ瞳。女は大人も子供も、泣いちまえば男を困らせるんだ。

「っ…ぉかぁさんっ、帰ってくるなって、っほっぺ、いっぱいたたかっれて、家から、背中蹴られて、っ…カギ閉めちゃったからっ…!もぅ…もう、いらない子っなんだって、お母さんが、お母さんが、どっかで、……」

 言葉に詰まっている。多分、これ以上に重いことを言おうとしているんだ。

「もういいよ、」
「どっかで、…死んじゃえって…!」

 俺は小夜にそれ以上言って欲しくなくて、胸の詰まりを誤魔化すように小さな小夜を優しく抱きしめた。

 小夜は、震えるように堪えずに泣いた。それでも声を上げないのは、そういうことなんだろう。

 こんな時間に学校に行ってないのも、それどころか字を知らないのも。もしかすると家庭環境が影響しているのかもしれない。

 大体、こんなに小さな子が、雨に打たれて独り外にいることは、普通じゃない。

 取り敢えず、なんて声を掛けていいかわからなくて、背中を撫でることしか俺には出来ない。

「…辛かったな」

 やっと出てきた言葉が、それだけだった。

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