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「貴之、武士と言うものは義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義というのが心得であります。
義は正義、勇は義を貫く為のもの、仁は情け、礼は仁無くしてならず、誠は二言を許さず、名誉は恥を知りて立ち、忠義は従順であり、これは武士のみ持つものなのですよ」
「はい、母様」
母は昔、よく言ったものだった。
「義、勇、仁、礼、誠、名誉は儒教の思想です。
母としての士道は名誉のために貴方も、父様も支えるのが仕事です。
貴之の“貴”は母と父の願いであります。忠義というものはしかし、貴方がこれから学び考えることが必要なのです。それにはまず、武芸に励むことですね」
狐狼狸も流行る前のことだった。
「されど…」
母はよく言ったものだった。
「徳川の世に、母は真田信繁の生き方が好きです」
「…それは何故でしょう」
「真田の家紋こそ真の忠義だと考えるからです。三途の川の渡し金など、決死じゃありませんか」
「しかし真田は主君を次々と変えました」
「義を守る為の所業なのです。この北条へも支えた。母はその心構えでここへ嫁いだのですよ」
「皆目わかりません」
「家を守るものとは、そういうことなのです。始めの真の根を折らずというのは、なかなか出来ぬこと。そこには策もございます。
忠義とは、まだまだ難しいことですね」
「勉学が私には足りないのでしょうか」
穏やかに笑う母の真意が定かではない。まだ、自分には程遠いものかもしれないと貴之は幼いながらに思考した。
三途の川渡し金、しかし行く道のみという忠義は武田なのか、信繁と言えば豊臣家臣だが兄は徳川。その争いは不毛だが真髄だというのだろうかと信之は書を開く。
逆境にしてしかし、強い。武田だって、強い。運なのだろうか、天下とは果して如何に。しかしここは北条には遠すぎるが北条。
母は昔からこうして、剽軽だ。その剽軽さを理解することがこの先何れ程かかるのだろうかと頭を悩ませた。
「何をそれないに迷うん?」
父にそれを訪ねられれば「なんでもございません」と源義経を学ぶフリをするのが、10歳での書の定番だった。
父は父で北条の端の端の端くれでありながら、義経が好きなようだった。
「牛若丸は死に際が美しい。まあ悲しいとも、言える」
「せやかて義経は家臣も、家族をも殺した。仁も礼もあらへん」
「貴之、男児にとってそれを捨てることがどれほどの奇才か、あんたにはわかるか?」
その問いの答えはわからない。
死ぬまでわからないのだろうと貴之はまた書を増やすばかり。強さとはなにか、まだまだ理解に及びそうにないとこれも悩みの種だった。
本当のところは死など、敵は己自信ではないか。そう思えてならなかったのかも、しれない。
その答えがたまに貴之の雑念となり、剣術ばかりは下手くそな子供だった。
「やめやめやめぃ!」
剣術道場で自分に与えられる名誉など「北条の落ちこぼれ」と、柳生新陰流が「不器用」。
「木偶の坊とはお前のことだ」
しかし刀などそうそう使わないじゃないですか。
そうは言えない己は確かに鈍かと、「はい、はい」といつでも居残りをさせられてしまうのだ。
「お前もよくやめない」
最終的な師範への一本も「やめい、」を取り、一歩も踏み込まず転んでばかりに終わるのが常。
武芸も励む、勉学も励む、されど自分にはわからないことばかりがまだまだ多かった。それは、自分が何故生きているかという思考に行き着くのだが主に“義”を重んじるのが正しいという。なれば、真田信繁の義とは何であったのだろう、源義経の義とは、何であったのだろう。父の義、そして自分の義とは、一体どこにあるのだろうかと、いつでも考えすぎてわからない。
だが、その声なき羽音に耳を済ませ聞き取ることは、嫌いなことではなかった。
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