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「あぁ、水鶏」

 何事もないように鷹は語ったのだった。

「お前の姉上は斬り殺されたようやで」

 ある日に前触れもなかった。殺伐は狐狼狸も刄も全て手を伸ばせばあるような日常のひとつではなかったのだけど。
 その鷹の一言に言葉を失った。

「…義兄様、それはどのような事情ですか」

 白昼、鷹は嘲笑うような表情だった。

「これ聞いたら俺の話に乗る言うことや」
「…何が、」
「はぁ、安易。親父臭くて溜まらんわ。アホらしいからとっとと消してしまいたいんやけど、お前もどうやと言う話や」

 それとそれがどう繋がるか、何が起きているかと水鶏が頭を働かせる間もなしに、

「お前の姉ちゃん売ったん誰だと思っとんねん、総代やで」

 …ぴたりと。

「…売ったんは如何様なもので?」
「まんまや、女を売ったなんて売春以外に何があるんや?」

 至って普通の話。

「親父は代官の犬畜生いう話やねん」

 考えなくとも、そうだったのかもしれない。

 和泉の売春界隈で狐狼狸が蔓延した。1853年あたりの事情では聞き流される話であったが、姉を殺したのは他ならぬあの代官の所業であった。

 芥子で自我を喪失した遊女を抱き潰した、挙げ句にそれが狐狼狸と分かれば「不浄者」と斬り捨ててしまった、というのが詳細のようだった。

 真意は風のように飛ばされそうだったのだが、脱け殻の空白に染みたのは、「代官の所望というたところか?」という嘲笑。

「お前を引き取ったのなんて、代官の後始末やった言うことや、水鶏」
「何故、」

 何故それを今更になっていうのか。
 この5年、自分が“生きた脱け殻”としていたのは、それは。
 考えなくともわかる、
いや、正直そんなもの何になったというのか。

 怒り、いやそれよりも衝撃ばかりが先を越していった。胸も、ざわざわする。姉は身売りされてしまっていたのか、だとか、その他がぐちゃぐちゃになる。だが、それで話は丸っきり、通じてしまった。

「…何故、」

 歯を食い縛り拳を固めるしかない。鳴き声など震えている。

 何故今言うのか、何故今まで語らなかったのか、全て、何を、何も信じていなかった。ただ、自分の怠惰だった。

 鷹は小さく震えた水鶏に吹き掛ける、「狩るか水鶏」と。

 義兄は含みの笑いで言葉を紡いだ。

「俺なら殺らしたるで、水鶏。
 俺は親父を殺そうと思うがお前はどうだ」
「は…?」

 わからなかった。
 この男何を考えている。

「難しく考えるな、簡単やないか。俺は親父も代官も消したい言うことや」
「…それ、は」
「京に行く。後ろ楯もある。それには邪魔なもんは捨てたいやろ」
「…義兄様?」

 …つまりはこの男は寝首をかいて自分が藤宮を背負おうということか。
 加えて自分の思いを使い切ろうとしているとしたら。

 水鶏は疑惑に目を合わす。
 鷹は頭の良い鳥だが、確かに小回りは利かない。
 義兄はその場を笑うに留める。

 初めて、水鶏は“狩りをする”という頭の使い方を意識した。 

 百舌鳥は飼った獲物を首元から木に吊し上げる狩り鳥だ。
 開き直る知恵も得る。
 それには飛び回り自分の目で見て考える知恵が必要になってくる。

 そうか。

「ええで若様」
「賢い子やな、水鶏」

 小柄な狩り鳥が大鳥の首根を吊るすには徐々に、徐々に啄むしかない。

 殺してやる。

 殺すには準じて大翼に隠れ、期をてらうしかない。羽毛を一本ずつ啄み毟って行くには気が遠くなる。

 守るものはしかし、ただの脱け殻故に捨ててしまうに限る。

 この大鳥に成し得ない狩りとは何かを尊ぶこともそうだ、水鶏は「暫し時間を頂戴いたします」という、いかにも頭の悪く準じた小鳥の嘘鳴きに留め、話をやめた。

 姉様。
 如何にしてこの巣をこけ落としてやろうか。
 …いや、だが。

大丈夫や姉さんはここにおる、怖くないで。
声を出したらあかんよ、蛍冴。

 …悲しいほどに姉の最期の声ばかりを思い出すあまり、あの日に浸ってしまう。声は殺してしまったけれど、やはり気持ちは捨てられなかった。
 あの日以来の食い縛った涙を流した。雄鳥は雌鳥のたたきを聞く。百舌鳥は、餌を枝に取っておく。

 さようなら、姉様。

 水鶏は復讐を考えた。誰に、この薄汚れた水のような、世界に。
 自分は今や非力な水明かりではない、生きてやろうか、死ぬまでは。

 水鶏は代官を殺しに行く手順に刄を磨いだ。

 漸く息吹を、吹き返す。

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