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 物凄くハイテンションで出勤時間に間に合ってしまい、しかしいいや、「おはよーございまぁす!」と部署に入ろうとしたときだった。

「あんだぶっ殺すぞブス!あぁん!?もういっぺん言ってみろっつーんだよこのバーカぁ!」

 という北谷の声。
 騒然としていた。

 声の方を遠目に覗いてみれば北谷と、同じ歳くらいの女の子(大号泣)と、俺と同期の|高木《たかぎ》さん(クール眼鏡女)が輪になって修羅場っていた。北谷のデスクの前で。

あれ、必然的に否が応でも顔を合わせるんですが凄く嫌だなぁ。

 こっちとら渋っているのに部長、「あ、いいところに本人出勤!」と、叫んで皆に宣伝報告。

はぁ?てか本人?

「おはよう、ゲロ大丈夫?」

あ昨日のか。忘れてた。

「はい、大丈夫ですご心配かけました。あのー、」
「大丈夫ならはい、行ってきて!」
「はぁ?」
「君のせいだからね!」
「え?何が」

 そのまま部長に背中を押されてしまった。

は?どういうことでしょうこれは。

 戦地に放り込まれた俺は一気に女三人の視線を浴び、「ちょっと、」だの、「遅い!」だの、「うぅぅ…」だの言われてしまった。

待てやなんだこれは。

「お、おはようござい」
「|古里《ふるさと》くん、はっきりして」
「はい!?」

 高木さんが、いつもに増して目を引き吊らせて言う。この人はきっとポニーテールにしちゃいけない人種だと思う。あとアイライン。色気もクソもねぇ、怖ぇわ。

「うぅ…せんぱぁい、ほんとぅ…ですかぁぁ?」

 そして誰だこのクソ舌足らずのくるくるカールのパンツ見えてる?見えそう?なミニスカ厚化粧デブは。色気もクソもねぇ。

 それに対し北谷は、「だからちげぇっつってんだろこのブス、死ねハム。パンツ食い込んでんじゃねぇよ」とか言ってる。あらやだ怖いなにこれ。やっぱそれ、見えてるのね。

「あのー、凄くわかんないんですけどなんでしょうこれ怖い」
「だから、古里くん。どっちが本命なの」
「はぁ?なにそれ」
「だから…!あぁ、もぅ、あんたもあんただな狐顔!ちげぇっつってん!めんどくせぇなお前だよ!そもそもお前が悪いんだよ!」
「はぁ?なんで?」
「ほらぁ、あんた、お前って!わ、私だってお、お前なんて、呼べないもんん!」
「うるせぇよハム!」
「なーに?これなぁに?え?」
「古里くんがどっちを選ぶかでしょ、二人とも」
「だからなんだよそれ。意味わかんねぇけど!朝からなに?」

 部署を見渡してみる。どうやら男も女も顔を反らしてみんな知らん顔。

「え、なにこのアウェイ感」

爆弾仕込まれて死にてぇけどなにこれ。

「…このハムが先輩love for ever だってさ。あんたも隅に置けねぇじゃん。ホンでもってあたし逆恨みされてんだよどうにかしろよ!」
「は?なにそれ」
「こっちが聞きてぇよこの淫乱眼鏡!」
「なんだとポンコツ後輩!」
「え、ちょっと|愛夏《あいか》、何で言うのよバカ!」
「はぁ!?意味わかんねぇんだけど!?」

ははぁん、意味わかってきたぞこれ。

「お前ポンコツだな」
「はぁ!?」
「真実を告げてやる。
 ハム、お前誰だ一体」

 好意をくれたのにすまんな。しかし君はめんどくさいし何よりタイプじゃないしそもそも誰だかわからない。網タイツがハムということしかわからない。

「えっ」
「…|本多《ほんだ》でぇす」
「そうか本多さん。…一体どこの子だ」

 一体どこ(の養豚場)から逃げてきた、は飲み込んだ。

「|埼玉《さいたま》です」
「…違う。部署!」

笑いそうだやめてくれ。

「…営業です」
「早く行きなさい始まるから」
「はぁい。あの、古里先輩」
「なんですか本多さん」
「…そんな女とは別れた方が」
「こんなポンコツとは付き合っていません。いい友人、わかりますか?Best friend Ok?」
「私と付き合っ」
「すみませんが俺、少し心が狭い人間なので、君にはもっと広い草原のような…っ、寛容な方がいいと思います。では、俺も仕事がありますので」

切り捨てた。ハムのように。なんちゃって。

 本多ハム(仮名)は、硬直したのち、「うわぁあぁ!」と、俺やら高木さんを押し飛ばし、出て行ってしまった。

なんて凄まじい。怖い。怖すぎるぞハム。なんてファンキー。

 取り敢えず皆様には、「申し訳ありません、お騒がせしやしたー」と手を合わせてお辞儀、やってみた。
 みな静かになったがもう知らん。構っていたら仕事が出来ない。
 取り敢えずデスクにつくと、少ししてから向かいに北谷が座り、みんなも漸く仕事を始めたようだ。

「センパイ」

 凄く言いにくそうに向かいで北谷が言った。

「すみませんでした」

 そして謝る。

全く仕方ねぇなぁ。
 取り敢えずにやけてやった。そしてメールを送ってやる。でんにじのインタビューだ。

「朝遅延中見た。ヤバいよ」
「…なにこれ。てか会社パソっすけど」
「いいんだよ。後でな」

 部長に「古里くん、」とやはり呼ばれてしまい、舌打ちしながら応じることに。
 「北谷さんも」と言われ、二人揃って部長の前へ。

 動画のことではなく、騒ぎのことにぐちぐち言われてしまった。
 北谷は、「あい、すんません、あい」と、呪文のように繰り返す。そして最終的には、

「というか君には教育係を命じているでしょうが。それがなにこれ。やけに仲良いなぁと思ったらなんなのこのスキャンダル。移動するか、お前ら!」

 これには思わず「あぁ!?」と、間違ってガラの悪さが出てしまった。
 次の瞬間の部署の雰囲気。どうしよう困った。あ、そうだ。眼鏡だ。外そう。これいいって言われたし。この作戦決行。

 しかしそれは悪かったらしい。部長が飛び退いたのが見えた。

マジか。いや違うすみません。いやしかし、後戻り出来ねぇぜ。

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