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視聴覚室は残念ながら空いていなかった。
どうしたもんかなぁ。暇だなぁと思って思い付いたのが音楽室か放送室。もう弾いていようと真樹は思ったのだ。
筋肉先生に聞けば、
「確か視聴覚室は次の時間から空くなぁ。音楽室は朝部員が使って…鍵返ってきたかなぁ」
とか言う微妙な反応だったので、めんどくさいしピッキングで開けてやろう。そう思い、「あはーい」とテキトーに返事をして真樹は音楽室に向かった。
しかしふと、浦部は思い出す。
ウチの音楽部。
そもそも音楽部とか言う微妙な名前なのはそう、それだけやる気のないなんだかよくわからない部活だからだ。
つまりはそういったよくわからない輩が集まるのか、それとも入ってみてそのハンパさにあぁなってしまうのかはわからないが、まぁ良い連中ではない。
確かつい最近も問題を起こした気がするがそんなとこにアレを行かせていいものか、単身だったし。
「あ、天崎ー」
しかし、呼んでみてもいない。
「あれ?」
逃げ足と言うかなんというか。
「俊足だなぁ…」
すばしっこいことこの上ない。
まぁ、鍵が開いていなくてそのうちぷらぷら戻ってくるだろう。浦部はそう考えることにした。
真樹は音楽室に真っ先に向かっていた。
しかし見てみれば第一音楽室と第二音楽室があって。
なんとなく、第一の方が付き当たりだし広いだろう。そう考えてギターケースから、針金(色々使う。こんな時の為用ではない)を出し、がちゃがちゃやって開ける。
真樹は学校くらいの2重鍵ならピッキングは得意である。というより、手先はわりと器用なのだ。
ピッキングに関してなら、中学からわりとやっていた。これで鍵をボケさせて何度教員に叱られたか。
鍵を開けて、面倒だから取り敢えず鍵は掛けずに、ピアノの椅子に座り、深呼吸。
ただっ広い空間。五線譜の書かれた縦開きの黒板。
ピアノを開けてみてゆっくりと指一本ずつでピアノの鍵盤を黒、白と叩いてみてそうか、と音階が広がった。
試しにウォークマンを取りだし、イヤホンのRを左耳に付け、再生する。
俺はこの、サイドの方に興味が実は惹かれるのさ西東氏。ああでも、それでも入ってくる、ベースに寄ったこの、無感情さがある低い方、ぶれないリードギター、まぁ好きかもね。確かにこの曲の芯だ。あんたが言ってる、4人バンドの良さかも。
これをマスターしろと言うわけですな。
Lに代えて、漸くギターを持った。ピアノので音階の位置は確認した。その音を聴いて手元で音を拾い、弾いて、ワンフレーズ出来て、イヤホンで確認して…。
最後はピアノを閉じて、ギターケースから手書き用の五線譜を出し、音階を記していく。
気付いたら。
「…出来た」
両パート、わりと簡単に。
『てめぇら全員センスねぇんだよ』
確かに、そうかもしれない。だからいまこうしているのかも。
センスってそもそも何?この人の、この曲のこの唄のセンスはなんなの、一体全体それは、でもなんでこんなに脳に、こんなサブカルチャーが入ってくるの?わからない。だって俺はまだ始めたばかり、でもじゃぁなんでこんなこと始めたかって、それって。
あぁぁ!
弾き続けて弾き続けて。
無我夢中だった。きっとどこか、教室の隅に届くようなピアノとギター、大体はギター。教師たち来ちゃうかもしれないとか、どうでもよかった。
『いつか会いたいなぁって、思ってたんです。音が微かに聞こえる度に』
はっと思い出した。
不安定なコード、どこかで聞こえる、だが聴こえてきたこの、どこか腹の底を燻る甘酸っぱさは、この淡々とした渇望はそうか。
「あぁ、真樹だぁ…」
何か蠢く甘い悲しさ。
その表面の無感情さはあぁそう、不安定な君を、目を瞑ったって連想するなぁと、教室に聴こえて文杜の鼓膜に絡んだ、渇望のようなマイナーコードにそう思って。
H2Oつまんねぇ、でも炭酸水とかわかんねぇ。
「栗村、眠いのか」と聞かれた瞬間、立ち上がり取り敢えず投げ掛けられたらしい回答。NaHCO3、炭酸ナトリウム?いいよこんなんで。青いチョークを置いてそのまま前から出て行った。
彼はクラスで最早、『インテリヤンキー』の座を、獲得したのだった。
試しにナトリの教室の前を通ってみれば、ナトリも授業を聞いてはいないようで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
だけどやっぱり、その音は届いているのかも。左利きの指に挟まれたシャーペンが動いていて、足元は見えないけど多分ペダルを踏んでいる。だって気持ち良さそうに聴き入るようにして頭が上下になんか、動いてるし。
それだけ見れば充分だ。気分は晴れた。謹慎部屋、放送室に行こう。
だって穂さん、俺多分4本弦でさ、どうしたってギターの音を引き出すことしか興味がない。なんなら別に、こんなもんなくてもいいし。
あんたのその渇望のような何か、哀愁に感じたそれ、引っ張り出しちゃおうかなって、思って。
たかだか一度、だけど確かにね。
あの瞬間好きだったかもしれないから、残念ながら忘れたくねぇなとか、くだらなく、つまらないことを考えていて。
そんな気持ちで文杜は放送室に向かい、前まで行くまでに音は止んでしまった。
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