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思い出すだけで腹が立つ。
そして真樹は現在、声は治ったかもしれないが、マスクを着用して定時制の。
というか。
夏休み最終日、普通科への編入試験へ向かっている。
だが正直これは多分、落ちた。
自分は2年次に編入で充分だ。その為の、運試しで。
一之江や西東にも言われた、「落ちる」と。
「だが結果を持ってこい。それで対策を打とう。
どうしたって、お前は普通よりスローペースで勉強をやっている。これは選んだお前の責任だ。噛み締めて来い。話しは、そこから始まる。
春休み明けまでに、栗村と国木田と同じだけの勉強に追い付けばいい」
と。
正直。
英語、国語ですら、漸く追い付いた。
理科(科学)や社会も、あの二人すら危うかったのを、一之江と西東がカバーしてくれたが、よく、わからなかった。多分試験なんて、ちんぷんかんぷんだ。
だがまぁ、いい。
「結局最後はんなもん、使わないけどね。今だけ使うから、暗記しといて。
僕は頭悪いから言うけど、だったらさっさとパワーコードやってよ、なんだけどさ。やっぱそれって、僕、高校あんま行ってないから言えるんだし。
勉強はしたほうがいい。勉強をする、という行為を覚えた方がいい、ということで。じゃないとバンドの勉強出来ないでしょ?
それはきっと、陽介にはわからないところだよね」
一之江がいない場所で言った西東に。
なるほど。間違ってはいない。
けど一之江だって間違っていない。
案外、大人の言うことはそれなりであると、真樹は最近思う。
だからといって、全てを許容したわけではないが。
だがまだまだ届かないもんだと、実感したいと、甘いことを言いたいだなんて。
言いたいが言えなかったからいま学校に向かう。
いつもの門に、いつもの下駄箱。
ただ、人が少ない。
ギターは、いつも開いている進路室に置いて。
不思議と、動悸はなく。
教室に入れば明るい。
誰もいなかった。
一人、ただ担任を待ってみた。
担任はその頃、問題を眺め、首を傾げて保健室に向かっているのだが。
大体が昼だけ行われる数少ない部活動の為、非常勤保険医一之江と、体育の教員兼定時制の教員浦部は夏休みも勤務している。
保健室を開ければ一之江は、つまらなそうにパソコンから視線を上げた。
「ども」
「…仕事熱心だな」
「AVだがな」
「あっそう」
「あんた、テストじゃねぇんですか?」
「それなんだが一之江」
「なんですか」
「…流石に去年の普通科の1学年の最後のテストをやらせようって、酷じゃねぇか?」
「接続詞5連チャンとか使っちゃうあんたが言います?
いいんです。だって受けんの真樹一人だろ?」
「そうだけど」
「なぁに、こーちょーとかにバレなきゃいいじゃん。つか保護者が落とせって言ってんだ、それでいい。
理由も話しただろ?それを元に、教科書だってあんだ、勉強するし、最後は種明かしして納得させる。大体金は俺が払ってんだ、文句は言わせねぇよ」
「種明かしっつったって」
「教員としての呵責が痛むか?悪いね。確かに俺は教員じゃないからその気持ちはわからんが、それはエゴだろ?
俺はあいつに言った。今日は間違いなく落ちると」
「…エゴだと言うならお前だって。
種明かしって、お前それ…。
2年から居なくなるからだろ、ここに」
黙った。
意外にも浦部は強い眼差しだ。
「…違ぇよ」
「じゃぁ言うのか、それ」
「関係ないだろ」
「お前がここを去って…療養するって。
お前があと何年かわからんと、あいつ知ってんのか」
「だから、関係ねぇよ」
「なぁ、そんなに悪いのか、お前、」
「…いや、どうかな」
一之江はふらっと立ち上がり窓を開け、外を見上げながらタバコに火をつけた。
浦部には一之江の視点は心なしか、下の芝生のような気がした。
「今の医療は発展し続ける。
取っちまえば本当にそれではい終了、完治、だってある。それほど俺は悲観していない」
「…そう、なのか」
「まあ、限界はよく見るがな。完治という言葉は、便利だから。
結局、それから研究が追い付かず原因不明でなんかわからんとこから別のもんが出て来て、薬漬けで、死んで焼いちまえばはい、何もない、そんなこともざらじゃないし、気付いたら意識もねぇ、ただ脳だけあって死んだように眠っていることだってある。さぁどちらがいいかなんざ、わからん」
「…だから、」
「それを踏まえて、俺の最期をどう捉えても構わんがまぁ、あんた難しい話しはわからんだろ。
色々引っくるめて、多分、30」
それは歳なのか。
あと、30年、なのか。
「それまでを考えたら、未来を観たいじゃないか筋肉先生。本当は今入院した方がいいが、俺は何も残らない未来にセンスを感じない、つまらない。
エゴだろうがなんだろうが、俺、人の気持ちがわからねぇから精神科医やってんだよ」
「…一之江…」
呼んだ浦部を一之江はふと見つめる。タバコは窓枠で揉み消して捨てた。
「陽介。覚えておく。
俺は天崎にもしかすると言うかもしれない」
それだけ言ってそのまま浦部は立ち去った。
夏風は涼しくなり始めている。
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