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テストを終えて、その場で答案は返され。
「不合格」
当たり前だった。
そもそもちんぷんかんぷんすぎて最早後半、なんとなくでしか出来なかった。
大体が25点くらい。惜しい点なのかなんなのか。
というかまったく成果なし。確かに勉強に力は入れなかったかもしれないが、こんなことってある?というくらいにレベルが違いすぎた。
「なぁ天崎」
「なに」
「まぁ、その…。
これから結果報告、一之江のとこ、行くのか?」
「ん、まぁ…」
「…正直に言おう」
「え、なにごめんなさい」
「いやなんだよそれ俺がごめんなさいなんだが…。
一之江から多分言われるが…。
これ、お前がまだやってない範囲、去年の普通科の最後のテストなんだよねぇ〜」
「…はぁ!?」
「うんごめんマジごめん今回は殴ってくれ」
「え、なにそれファック」
「はは〜」
「んの野郎っ、バカにしやがってぇ!」
「その反応、あいつにぶつけてやれるか?何を聞いても」
「は?」
よくわからん。
が、頭来たから殴ろうかと考えたが。
珍しく筋肉先生、下手だ。
そして考えた。
裏がありそうだ。
てか汗っぽいからやだ。
腕組をして睨み付けて「なに」と不機嫌そうに真樹は担任に返答した。
「…あいつ、まぁこれを元に、これから2年までの勉強をさせたいらしい。
多分、いまのお前なら、即、今の勉強範囲で、編入可能だ」
「はぁ、」
「だが…なぁ。
2年、学年替えのタイミングで編入させたいらしい」
「なんで」
「まぁ、いきなりクラスに入ってったら馴染むのムズいのもあるし。
したらお前、サボって保健室行って留年」
「ありえる」
「よな」
「けど」
「あのな。
あー、面倒だな。
あいつまだ多分、学校にいたいんだ」
「え、それがなに」
「うん、お前が無事編入したらまぁ、あんまりここへの執着がなくなってだな。
うーん、
任期は実は来年度までなんだ、あいつ」
「は?」
「でだな。
…お前、知らないフリしてくれよ、さっきあいつと喧嘩してきたんだから…。
あいつ、今すぐ本当は入院しなきゃならねぇんだよ」
「えっ、」
真樹から怒気が消え。
真剣やら、哀愁やらに変わる表情で。
「お前がいるから、まだ残ってるんだ」
「…なんで、」
「…胃癌だ」
驚愕だった。
初めて聞いた。
「ど、」
「俺も一昨日知った」
なんだそれ。
あれだけ普通にしていたのに。
いや、普通じゃないけど。一回、運ばれたけど。
「だから、お前、」
「わかった」
しかし真樹は笑うこともなくそれだけ言って。
「ありがと筋肉先生。
黙っとく。隠すの苦手だけど、頑張るかも」
真樹は立ち上がり、答案用紙を握りしめるように受け取り、「じゃね」と、教室を去る。
浦部はいたたまれない気持ちで真樹の背中を見つめた。
どうしたって今、真樹の背中が震えていたからだ。
教室が見えなくなった曲がり廊下で真樹は堪えきれなくなり、テスト用紙を握りしめポケットに突っ込み、両手でアホみたく流れる涙を拭った。
拭えば拭うほど、嗚咽まで出ていきそうで。
というか頭に来てテスト用紙はその辺に一度ぶん投げた。
誰もいない廊下。
誰かはいる学校。
夏休み、最後の日。
夕方が差し掛かるような斜陽。
やるせないとか、情けない、ではなく。
いや、もう真樹には言葉が思い付かなかった。
多分言葉はありふれているはず。
多分感情も溢れているはず。
だけど苦しく酸欠になるような嗚咽でしかない。
嗚咽すらこんなとき、漏らせない。
孤独や寂漠や全てが血液を涙に変えるこの現象は精神論か、それとも自律神経とか脳科学なのか。
人は不思議で仕方がない。
自分は一人の人でしかない。
届かない。
相手の思いすら、わからない。
足は止まるような、走るような、縺れるような、わからないが。
精神論か脳科学かわかんねぇからまずはぼやける視界、どうにかしろよ。
保健室にいた。前に来て深呼吸して、ドアをスライドさせれば、つまらなそうに窓からタバコを吸って空を見上げていた一之江が、驚いた表情で真樹を見た。
「…真樹、」
「こんの、」
殴ったろうかと一之江に突進したけど力なく。
はっと一之江に受け止められるも、まぁ殴り掛かった反動。二人揃って床にぶっ倒れた。
胃あたりに真樹の頭が直撃し、思わず「ぐはっ、」と咳き込む一之江。からの、
「ボケ、死ね、カス、バカ、」
と、ばこばこ殴ってくる真樹に、
「ま、待て、待って、痛ぇ、痛ぇよ!」
拳を取るように制するが。
「うぅ、ふっ、」
そこから力なく、声を殺して人の胸に頭を擦り付けながら泣いている真樹に。
あのバカ筋肉め。
と思いつつ、一之江は真樹の頭を取り敢えずよしよしと撫でて宥める。
まぁ、これが素直な反応だよな。
わかってたんだ、どっかで。
「も少しさぁ…真樹」
返事がない。
「俺も夢観てぇなぁとか、柄になく、思っちゃったわけ。ねぇ、凄くねぇかそれ。
だから、おい真樹」
白衣を握られる。
「言うこと聞かない子は調教しますよ、性的に」
真樹は漸くがばっと顔を上げた。
あれ、珍しく。
泣いてても、その唇噛むのとか、珍しく可愛いじゃん。髪とか湿っちゃってまったく。
「仕方にゃいねぇ」
え。冗談だったんですけど。病気効果すげぇ。しかし。
「…そーゆーとこがダメ」
真樹の髪の毛は耳に掛けてやった。
本格的に将来ジゴロになりそうだなこのバカ。
一之江が頭を撫でれば、「疲れた」と、鼻声で真樹は言い、またパタンと人の胃の上に落ちてきやがって。
あぁ。
夕日が照っている。
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