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雨はとっくに止んでいた。
それから朝まで海で飲んだ。
バカみたいに穏やかな波で。
「茅沼さんさ」
「なんかそれちょっと嫌だな」
「なんでですか。あんた茅沼さんでしょ?」
「嫌いなんだよね」
何があったかは知らないが、皮肉に笑う表情とかが柄にもなく気になったりしたので。
多分それは、アルコールのせいだけど。
「じゃぁ樹実。樹実さん」
「あぁ、はい。で、なんですか雨さん」
「うわぁ、僕はそっちの方が嫌だなぁ」
「じゃぁ雨」
「ムカつくなぁ。じゃぁ樹実」
「あい、なんですか」
完璧に二人して酔っぱらっていた。
もういい、勢いだ。
「あんたなんで、僕を助けたんですか」
「はぁ?」
「いや、はぁ?って」
「助けたっけ?」
「は?何言ってんのあんた」
「多分助けてないでしょ。だって、死にてぇ面してたんだから。多分そんなヤツを助けるってゆーのは、引き金を引くときでしょ」
あぁ、なるほどな。
「だから助けちゃったんですね」
「だから、」
「まったくもって、あんたって」
迷惑だなぁ。
しかしまぁ。
「これも何かの縁ですか」
『これも何かの縁だ。私に拾われてしまったのが運の尽きですな、若造よ』
あの人の、くしゃくしゃで皺だらけな優しい笑顔が浮かぶ。
師匠。気が変わっちゃいました。僕はもう少し、運の尽きとやらをこの人と見てみようかなぁ、なんて思ってしまいました。
月が細くて消えそうだった。しかしながら水面に映るそれは、儚く綺麗。こんな風景は多分、あと一度くらいしか眺めないだろう。
「明日は新月かなぁ」
「どうでしょうね」
それからの僕たちは。
僕はそのまま海軍へ戻り、樹実も陸軍へ戻った。
しかしながらこれは、戻ったと言うよりは『潜入捜査』に近かった。
僕はなんだかわからないが戻った瞬間に出世してしまい、准海尉になった。あまりの出世具合にやる仕事量が増え、しばらく、樹実のことは忘れていた。
しかしながらこの出世には勿論ながら策略と裏があり。
海軍側としては、秋津艦隊唯一の生き残りとして、わりと僕を煙たがっているのはわかった。それなのにこの、二階級を飛び越えて四階級上がりというのは勿論異例で、とどのつまり、「地位と金はやるから余計なことはするなよ」という海軍側からの警告だった。
これが裏の部分。
しかし准海尉と言う、なんとも微妙な立ち位置と微妙な雰囲気と扱いに、逆にやり易さを感じた。
要するに僕は海軍や政府に対しわりと吹っ切れてしまったのだ。
海軍の連中は、当たり前だが僕がFBIの捜査員だということを知らない。炙り出せば海軍なんて案外ボロが出てくるもので、むしろ気持ちが良いくらいだった。
ただ、僕が求めているのは秋津艦隊の沈没についてだ。その辺は恐らく陸軍である樹実との連絡を待たなければならないのだが…。
そんなもやもやしたなかで3ヶ月が過ぎた頃。突然、高田さんから一本の連絡が海軍へ寄越される。
「熱海准海尉」
「はい、」
その電話は、部下である当時の海曹長、羽田《はねだ》さんが取り次いだ。後の、三等海佐で、彼は僕が海軍を辞めるまでついてきてくれた男である。
「その、タカダさんという方から電話が…」
「うわっ、はい。繋いでください」
仕方がないので回線を繋いで応対。
「…はい、海上自衛隊、あた」
『熱海くん?おはよう。ちょっとお願いがあるんですけどぉ』
おいおいおい。
せめて名乗らせてくれ。これもあんたへの嫌味なんだから。
「…お久しぶりです。
あのー。これ職場の電話なので僕のケータイに掛けて頂けると幸いなんですが」
『だって君あの時ケータイなかったじゃん』
「あ、はいそうですね。番号言いますよ。070…」
『まぁあとでいっちゃんに聞くよ。これからあいつそっち行くから』
「はぁ?」
『てか着いてんじゃない?よろしくお願いしますぅ〜』
切れた。
はぁ?
「なんなんだ…」
嵐のような人だな。
「どーしました?」
粗野な寝癖頭の彼が言う。それは以前に、他の上官の前でやったら殴られるからねと僕は教えたのだが。
「野暮用が出来ました。少しばかり外します。何かあったら連絡をください」
「何かって?」
「ほら例えば、あなたが上官をぶん殴っただとか、そーゆーこと」
「あんたじゃないんだから」
「そうですねぇ。少しと言いましたが長くなるようでしたら連絡します」
「へーい。かしこまりまーした」
言い残して部屋を出る。
果たして、来てるってなんだろ。
僕の不安をよそに、海軍基地の入り口辺りは騒然としていた。
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