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坂本が堂に入り武市と対峙すれば武市は「まんず…」と、少しだけ声を下げ、急に悲しそうな表情を見せる。
「…井口村《いぐちむら》の件は、無念やったと察する」
「…あぁ、そうやね。わしにゃぁ…どうも出来んかったちや。
わしはあれでそう、土佐の…しょんもにゃぁと思うた」
話はどうやら深刻なようだった。
一同も「ありゃぁ、くそったれが、」だの「畜生、」だの沸いている。
「…土佐ですらぁ身分や、なんやと、そないちっぽけなことで仲間が皆処罰された。なぁ武市はん、わしゃぁそんなもん、もう見たくないがよ、」
先程まで飄々としていた坂本は床に拳を打ち付けている。
それに武市も「そうじゃなぁ」と同調した。
「武市はん、わしゃぁ決めた。藩も何も関係がない、あんな場所はもういらんと、」
「落ち着け坂本。おまんの気持ちはわかる、俺もかつては郷士やった。だがにゃぁ、まずは土佐の制度を」
「そんなもんすら守ってやれず日本だなんてどうかしているんじゃ。武市はん、おんしも何れ日本や…いや、世界を変えようと思っとるから土佐をぶっ壊そう言うんじゃないがか、」
武市は黙る。
端から見れば武市と坂本はとても同じものを見ているとは思えない。
玄関に座って聞いていた朱鷺貴と翡翠だが、互いに見ても「興味がない」と言わんばかりだ。
こんなもの、本格的に関係がない。
だが、少し一変した。
「武市はん、わしゃぁな。長州の久坂という男と出会った」
…最近よく出る「長州」。
「萩は凄いぞ。わしゃぁ驚いた。萩には軍艦があるんじゃ。
だが藩体制は土佐よりもしょーもない。皆が皆どうにか利用しあい今の身分を取り繕おうと言うものばかりじゃ」
うわ。
この男情に訴えかけたのはどうやら見せ掛けのようだ。どうやら、話は上手い男なよう。
「…うむぅ…」
「そんでなぁ。
わしゃぁ近々長州の高杉晋作《たかすぎしんさく》いう男となぁ、渡航しようと考えと る。
この男は江戸でなぁ、海軍訓練をしあの…吉田松陰先生の愛弟子でな。長州は恐らく力を持つ」
「…はぁ、」
どこかで聞いたような…。
「…武市はんは土佐なんかで燻っててええんか。そんために公武合体を掲げるんやないんか。あんなぁ、長州の久坂と高杉は今、尊皇攘夷を売り出しちょるきに」
「…尊皇攘夷を?」
「せや。
せやけど確かに長州のように、足場が固まらんと掬われる。まずは土佐をぶっ潰したとして、そのあとのことも考えんとあかん」
「あぁ、まぁな」
「…長州と手を組むいうんはどうじゃ武市はん」
「…長州と?」
「後にな。ええか、軍艦があるっちゅーだけでもな、軍事力は篦棒《べらぼう》に違う」
「そりゃぁそうやろうけど…」
「わしゃぁ長州は踏み台でも構わんと考える。武市はんは後にきっと、幕府が潰れたあとも偉くなる男やと思う」
「幕府が…潰れたあと、」
果たしてその話はこの武市という男に響くものなのか。様子を見ていてもやはり武市はあまりピンとも来てないようで。
「…結局いまの幕府がありゃが武市はん、土佐で頭ぁ取っても外国に日本が潰されたらそんも水の泡じゃ」
「うむ…、確かに」
「しかしどれほどかはわしも知らんねん。
丁度長州も尊皇攘夷なら仲間は多くてええやろ。1藩がダメでも2藩が協力し合えば、自然と藩も固まる。一石二鳥やと思わんか?」
少しばかり話は見えてきた。
要するに互いの結託することで軍事力をあげ敵に対抗しようかというところか。
しかし二人は、敵違いだ。
軍事力。なるほどつまりあの寺は手始めに奮った実験だった、勿論これから先あの寺だけではないとして。
「…国内で、同じ国の人間に暴挙を奮うところからという時点で矛盾だよなぁ」
夢中になっているトサキンには聞こえないだろう朱鷺貴のぼやきに、「多分ですが」と翡翠は言う。
「当て馬なんですよ。あの男仲間までも踏み台としか見てへんが、武市さんがそう言う人物だと知っている」
「それは一体どちらが」
「どちらも、笑って手を振れれば良いものですが。仲間も敵も紙一重と言うたところですね。やはりヤクザのようだ」
「納得も行かなそうだな」
「関係がない。だが、皆そうなるもんだとつくづく思います」
「じゃ、ウチはウチで攘夷決行でいいかな」
「ですね。勉強、修行の足しにはなった言うことで」
染々翡翠が言えば「あのさぁ、」と、朱鷺貴は漸く立ち上がり堂へ話しかけた。
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