3
「…帰郷命令?」
「あぁ、まぁ、藩令というやつみたいで」
…そうか、と翡翠はわかっていたような、わかっていなかったかのような思いに至る。
「…なるほど、先日の東禅寺の件もありますしね」
「うーん、まぁ」
「道場でも、いくらか浪人が帰郷しました。いや、帰郷かも正直不明で、聞いた話によると京は今や無法地帯なようですね」
「…どうやらそうみたいだな」
「…藩令とあればそうですね。抗うのは意味がない」
「坊主にもこんな令が出るもんなんだな」
「ははぁ、そうやねぇ。神様も傍観をしていないのだから、坊主も無関係ではないのでしょうね」
「…|天誅《てんちゅう》か?」
京では現在「天誅」というものが流行しているらしい。こうも、爆心地のような場所に身を置けば噂など翌日には聞こえてくる。
誅、これには「咎める」という意味が含まれ、それが「天」に掛かる。
天が咎める、という大義名分は遥かに物騒な意味合いなようだ。天、神は誰をも殺すのは本意としない、と言うことを浪人、革命家気取りはわかっていない。
天に変わって。
何様だと言いたい流行り。
「…寺子屋で教えてはいかがやろうかトキさん。聞きましたえ、なかなか評判が良いと」
「いや全然だ。まぁ時間があればそうしたかったがな。
…お前、免許はどうだ?」
「こちらも時間があれば取りたかった物ですねぇ。中目録くらいで」
「…なかもくろく」
「うーん中くらいです。新陰流はなんと呼ぶのですか?」
「うーんわからん、竹刀持てるくらい、なのかなぁ。俺より多分上だな」
少し沈黙が落ちれば「それ…で、」と朱鷺貴はまごつく。
「みよさんのことだが…」
「ん?あい」
案外平然としているものだ。それどころか本当に翡翠は、「何故いま聞くのか」とでも言いたいような、疑問のような表情だ。
「…まぁ、俺がどうこうと出来るものか…。
あと四日で京に着かなければならないかと、思う」
「結構早いですね。では支度など」
「いや、まぁ、言うなれば手紙すら最短3日で着くんだし、急げば3日で済むだろうと…思う」
「…あぁ、」
少し動きかけた翡翠は再び正座し、俯いて考える様子。
髪を耳に掛ける。髪の毛延びたなぁと、会った日に断髪した翡翠を思い出す。
「…トキさんにお気遣い頂いて申し訳ないんですが、まぁ、その、そう言うた物でもないです、はい」
「…いや、」
「いやホンマにホンマに。
うーんと、ここに来て間もなくですなぁ、お嬢さん一人でお祈りしていたのをわてが声をちょろっと掛けまして、わてはそう言うたとこあるやないですか」
「多いに。うん、だからさ…」
「いや、その日からただただなんや、流行りだとか…なんでしょうな、話をするようになった、いうもんで」
「わかるよ?え?だから言って」
「恋仲とかではないですよホンマに」
「…は?」
この従者しかし顔を上げず、いや、上げても人を見ず、耳元で髪をくるくるするわそのわりに膝に置いた左手は凄く固く結ばれていてそう、隠せもせずに急に落ち着かなくなったくせに何を言うか、一体。
「そりゃぁまぁ、女性と話すんはわても楽しいですよ昼間なんてアホみたいにむさ苦しいし男臭いし痛いしやる気ないし」
「さくっと世話になっとる場所へのしょーもない不満で話を反らさなくても」
「いやトキさん道場の男臭さ知らんやろ」
「多分寺も同じくらいだからそんなのは良いんだよ別に大体の気持ちはわかるから。こっちは年寄りが半数くらいだからよりなんかあれだよ」
「うんまぁそれはわてもここへ帰ってきてるから」
「あっぶねぇ反らされた。じゃなくて!じゃぁ麗しの乙女の話を」
「変態臭っ。そんな目でみよさんを見んといてくださいまし、はしたない」
「……、まぁいーよ返答によっては三発くらい殴るかもしれないけどみよさんとお前の!話をな」
「いやぁなしてそないに気になりますか?」
イラつきを一瞬我慢したのに挙げ句そう一蹴しやがったかこのアホは、と普段ならここで一回くらい突っ込んでやるのだろうが待て俺、仏のように我慢せよと朱鷺貴は自分に言い聞かせる。
これは耐えるのが非常に重くなるが無言で促してやろうと考える。
しかし翡翠は耐えるとか耐えないでなく、平気でひたすら髪をくるくるくるくるやるようで。元来こいつもそうだ、頑固なんだと朱鷺貴にひしひしと伝わってくる。元来朱鷺貴は気が短い、これに耐えねば修行ではないと言い聞かせるが、
「…いいのかそれで」
色々噛み殺したが結局、自分から仕掛けたのにもかかわらず負けてしまった。
「…いいかと申されましても…」
元来翡翠は頑固で負けず嫌いである。
- 4 -
*前次#
ページ: