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……笑い声すら聞こえてくる。
それは夜長には似つかわしくない、日本人は夜眠る。
…少なくとも、高々落書き程度で地に足もつかぬ建物を建てるほどに品がない国ではなかった筈だ。
「…行くぞ、」
戦いの狼煙に慌てて出てきた異人は言う、「Who the hell are you?」と。
その者は天狗のように高い鼻と伸ばした髭と……馴染みのない洋装だった。
馴染みのない舌触り、大袈裟な所作に「あぁ?」と、高杉は容赦なく銃口を向ける。
「何喋ってっかわかんねぇんだよ、」
一人撃ち、そのまま跪いた西洋人を人質にする。
鬼才、高杉晋作は物の一晩で洋館を焼き尽くした。
……だが、一晩は掛かってしまった。
燃え逝く洋館に血のような酒と、長州の純米酒をひたすら投げ捨てながら「なるほど理解した」と高杉は久坂に呟いた。
火は燃え広がるばかり。
「…僕も空論を覆す。久坂、恐らく君の言う通りだ」
燃え広がるのを眺め、「いや…、」と息を止める。
黒煙は、害がある。
「まぁこれから動きを見るしかねぇな。僕は血の一滴も残さないつもりだったが…」
笑えもしなかった。
だが高杉はいつもの調子で「次に会うのなら華の都で会おう」それだけは言い残してその場を去った。
「英国公使館焼き討ち」は、年の暮れ、翌日には日本中に知れ渡った話で、長州には風が吹き始めていた。
件の都では紅い華でもなく白い、灰のような雪が降り始める。薩摩も長州も……何より幕府直属で守護職、「|会津《あいづ》藩」が介入し混乱が生じていた。
忙しい、人々が皆生き急ぐ街。
「下がれ、」
山奥の寺にからがら逃げ込んだ志士は、一人坊主を人質にしていた。
それは長閑に忙しい、そんな事情に舞い込んだ「殺伐」だった。
「…久々のわりに随分なご挨拶だな、」
朱鷺貴は今、首元に脇差しを向けられている。
寺は灰よりもいま、血生臭くなっていた。
京でも最早彼ら長州へは、あれから大分逆風が吹いていた。
人相書きが瓦版で配られたのもぼんやり眺めていたほどだったが、いま首根を切ろうかとするその男の息は酷く熱く、白い。
この熱はすぐに、凍って行くもの。
「…何も聞かずに僕を匿ってくれ」
「…人には物を頼む態度ってもんがある」
おおよその事は寺ですら承知だ。
彼は今や日本中の敵となる存在となっている。
「誰も、」
何を焦る。
だが言い切る前にふと「離してください」と言い張る一人が存在した。
楯は脆くも飛び道具から身を守れず、気付いた頃には片足から血が流れていた。
「……高杉さんですか」
それは條徳寺境内、賽銭箱の前で繰り広げられている。
それでも彼は刃を、しまえなかった。
「離してください」
少し弱まった高杉に「はいはいはい、」と朱鷺貴は一息吐く。
「…誰も話を聞かないとは、言ってないんだがっ、」
実情は当たり前に知っているけれど。
まだ弱められないその力に彼の強さを感じた。
一歩後ろにはただの、冷えた廊下があるというのに。
「離してください。
介錯程度なら面倒を見ますよ高杉さん。ただしその人を殺そうものなら、」
ひとり立ち向かうその目に高杉は気付いた。
「…負けた」
力なく脱力し床にパタンと座りまた一言「負けた」と言えば、状況を思い出しただただ痛みも込み上げる。
「……悪かった、」
……確かに、高杉からは疲労は見て取れる。
この男は今や朝敵と同然でどこへ行っても罰せられる、それだけの大きなことをやった張本人だ。
変な縁か、もう一度会うことになった、恐らく身を隠し山の中で難儀に至ったのだろう。誰も信用せず、たったひとりで。
寒い雪の日だった。
「…翡翠、」
それから朱鷺貴は「しまえ、手当てを」と、ただ一人彼を堂へ招き入れるのが至って自然だった。
「………」
「この時期は凍傷になる。まだ死んでいないからには必要なことだろ」
……至って。
何故、自然なのだろうか。
命じられた翡翠は不服そうにも「畏まりました」と武器をしまう。そして何より「トキさん、お怪我はありませんか」とそれも至って自然だった。
それがいま、長閑に感じることに高杉はいくらでも戸惑い、いくらでも隙間が空いた。
「……何故だ、」
憔悴、何より声の低さに二人には察するものもある。
「来るもの拒まず去るもの追わず生活と共にあるのが寺だからだ」
そうか。
場所は勝手に違えていたらしい。
「…あぁ、」
「大方あんたは有名だ、高杉晋作。確かにただ者じゃないと思っていたが。取り敢えず入れ、前回はあげてやれなかったからな」
なんて。
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