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でも…出来ることが何一つもないし、薄情にもちらっとしか見受けてない父上よりもまず、みよの比重とはきっと違う思いでただ、貴方が元気そうでよかったなど…。
「元気そうで、よかったです」
言わずにいなければじゃぁどうするんだと、はっきり言えたことでそわそわしたものが晴れるような気がした。
「よかったんです、ほんまに、それは」
自分が言うそれに資格やら何やらも、もういい、それはと、意を決したくらいの気持ちだった。
「…ありがとう、」
「…はは、」
不思議だ。
池は寒々と見える。まわりは白く、大きな池で、春には桜が流れるような綺麗な場所で。
「…不思議やね…。
京からずっと…話したいこととか、何を言おうか考えてたんに、なんも意味がなくて、」
「はい、」
「…どないしようかなぁ…と、少々困り果てました。情けないですね、わては…どうも」
沢山話をしてきたような気がするのに。いざというときもどかしくて。
ふとみよの手が離れ「翡翠さん、」と呼ばれた時には暖かさがあり、間近に自分より控えめな力と臭いを感じた。
抱き締められたと気付けばその他全ての思いが力もなくし、ただ込み上げて抱き締め返す、その力はふんわりしていた。
「…みよさん、」
痺れるように、何故泣きそうなのかすらわからない情動に「みよさん、」とまた噛み締めて呼ぶ声だけは力が籠った。
こんな時に戸惑いがある、どこかに足を引っ張るように、自分なんかと思うくせに離したくなくなるのが苦しい。
自分がして来たことは返ってくる、と、どこか恐れがあって生きてきた、いつかまたという自業自得が怖くて堪らないと感じたのに、少なからず彼女の父の「肺病」があって、そう、押し潰されそうな4日だったと思ったときに、今更朱鷺貴から渡された刀の存在を思い出した。
そうだ、本当はこんな物は自分の問題だから、この小さな人をどうにかと考える方が強い本音だと確信した。
「ねぇ…みよさん」
「…はい、」
「わて、もう堪りませんわ。もう…みよさんが好きやからね、」
「…はぃ、」
みよの声が湿っている。
「何があっても…堪忍してね、ごめんなさいね、きっと邪魔やったんやろうとか、もう、」
ぱっと離れたみよは少し泣いたようだったが「夫婦になってください、」とはっきり、なのに早口な言葉に「へっ?」と予想外で間抜けな返答をしてしまった。
「…だって、だって…」
「あっ、え、いやちょっ、泣かないで」
「泣かせたのはっ、」
「あ、いやごめんなさいあの、驚いてしまったんですが」
浸透した。
途端にとても恥ずかしくて「え、嘘っ、」いや、そうだよとわかりながらも言葉は反する。
「あ、あ、でも、そっか、そうですよね、お寺さんだ、」
「いや、あぁまぁ…そうです、けども、そうやねぇ、あ、そうでした。困り果てましたね」
「いや…」
「けど、嬉しいです。うん…嬉しいです、あれ、どないしようかな…っ、えらいどうしょもなく嬉しいわ…。なん、あの…この瞬間までそれ言うたろかとかいうくらい決めた筈なのに、えっと」
「…はははっ!」
…全く情けないのに。
「あぁよかったよかったぁ、ははは、私もいま勢いで恥ずかしいのになんだか清々しい!」
「…うん確かに…」
いやえーっと、これはどないしよう。なんだか急にどこかが冷静になれたからこそ。
「まぁ、そういうことで…そういう巡り合わせなんでしょうな、」
妙に納得もした。
「…結局、わても寺には帰ります。
…ホンマに決めきれてなくてすまへん、情けなくて死にたくなる」
「まぁ、…そういうことで?ということで…」
「でもねみよさん。せやから」
「いや、他にないです。そうですね、まぁ他にというなら出家でもしますよ」
「……えぇぇ…」
「それくらいです」
流石。
「…女子女子とはいざというとき…ホンマに強いですよなぁ…」
「えぇ、そうですね」
「…だからこそと言いますか…、ムリはせず、そやなぁ、わてに出来ることはもう、ホンマに「困ったときは寺に来てくださいね」としか言えんのですが…はは、前回よりマシでしょうか?」
「…待ってましたよ」
「わかりました。その、」
「…でも、いいんです。貴方のそんなところも、いいんですから」
どちらもそれでは。
「…同じような者として」
「です」
「…苛みにも、頑張りますね」
一つ下げたものを上げた、ような。江戸を経った日に土方に告げたことも思い出した。
だから、切って捨てなくても良い、それを踏まえた「柵」だったのかもしれない。
帰ったらまずは勿論朱鷺貴にもだが…藤嶋にも会って良いかもしれない。漸くそう捉えられた自分にも少し驚いた。
多分朱鷺貴は案外「そうか」しか言わないだろうし藤嶋なんかは「女臭えよ」と言うかもしれないが、まぁ、いい。残してもいい。
お寒いですねと言ったみよとはそれから自然といつものように気負いなく話をし、家まで歩いた。
何かは変わっても、目に見えないのだから却って、本当に荷は持たなくてよかったのだ。
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