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翌朝、善福寺の面々に別れを告げて寺を出ようという時だった。
「そこまで言うならばトキさん、少々金を使ってもよろしいですか」
何かみよに買ってやるのだろう、仕方がないなと「今回だけな」と朱鷺貴が翡翠に金を渡したのが悪かった。
翡翠は銭入れから半数ほど、正確にはいくらだかはわからない。掌に金を出してはじゃらっと、賽銭箱に流し入れるのだから「ちょっと待てバカ」と叱るしかない。
流石に、見送りに来た和尚も「何事ですか」と口を挟む。
こいつは本当に金を、銭入れごとではなかったにしても有り得ないくらいにぶち込みやがった。何の腹いせだ、いや、良いことなのかもしれないがきっと自分への当て付けに違いない。
翡翠は何も構わずにそのまま、鐘を鳴らして手を合わせた。
…………………。
長い。
まず二礼二拍手一礼だとかいうものでもなく、ただ拝んだだけだ。
……長い。
しかし声を掛けるのも無礼であるのだから、待ってみる。
漸く顔を上げ「さて、」と涼しい顔をした翡翠に「さてじゃねぇよアホ」と、やはり突っ込んでしまう。
「お前あのねぇ、金突っ込めばいいっつー問題でもないのわかるよね、それは俺への当て付けだよなぁ、おい」
「いえ、別に。翡翠の純粋な、純粋なお気持ちですよお坊様」
「うわ確実にそうなんだねお前。そんなもん届くかアホ」
「こーゆーのは気持ち違いますかねぇ。まさか、金叩いたから叶えてくれないとか叶えてくれるとかそんなケチ臭いわけがない。翡翠は知ってるんですよこの金はお寺のために漏れなく使われるって!」
「あははは…」
最早和尚は笑うしかない。
「ま、まぁあれですね、うん、届くものも届かないでしょうというのを教えてあげては如何でしょうか南條殿」
「…いや、本当になんと申し上げていいか」
「藤宮さま、取り敢えず私もお手伝いくらいはしたいのですが二礼二拍手一礼から如何でしょうか…?」
「んん?」
「鐘を鳴らして二回お辞儀をし二回拍手して最後にもう一礼するのです」
「…ん?」
「他にもたくさんありますけれど、そうです、気持ちですよなにより。きっと、とても大切なお話だったのでしょう?」
無礼講だったな。
しかし和尚は優しい。ついつい翡翠は「すまへん…」と謝ってしまう。
「いえ。是非参考にしてください。皆様わりと知らないのですよ。
お賽銭と鐘は頂きましたので、もう一度どうぞ。きっと…叶うと良いですね」
なんだかそう言われてしまうと「うむぅ…」と、居たたまれなくなりそうだが、まぁやってみようかと思い実践してみた。
二礼二拍手一礼。
賽銭を入れすぎてしまったと感じた朱鷺貴も、取り敢えず癪なので「このバカの頭がもう少し良くなりますように」と、祈っておいた。
お賽銭は返してくれなかったが、そんな二人を見た和尚は「お金でもないですが」と、おみくじ箱を出してくれた。
結果、仇をなしたか翡翠が小吉と朱鷺貴が凶。
「藤宮さん、珍しいですね」という微妙な一言を貰ったが、翡翠は何故だか「そうか、」と、少し嬉しそうだった。
帰りまでどたばたしてしまったわりには「またお越しください」と和尚は見送ってくれた。
門から漸く出れば、翡翠が珍しそうにおみくじを眺めている。
そんなに嬉しいものかと「どうした」と、聞いてみた。
「いやぁ、小吉って、小さい吉ですよね」
「うんそうでしかない」
「じゃぁ少し寄っても良いですか。博打で勝てそうな気が致します」
俺の神様への願いは速効で揉み消されたらしいと、「ダメに決まってんだろ猿」と叱る。
「えぇ〜、なんでぇ〜!」
「てめぇのせいで馬代と少ししかねぇんだよこのバカ」
「良いことしたはずやけど」
「そんなわけないよねバカ」
「違いますわ、」と否定をするのが何事か、この従者正気かどうかもわからない。何が違うねん。
ただ不機嫌に朱鷺貴が睨んでいれば「いや、違うわけでもないですけど、」と急に俯いてしまった。
「まぁ、ええですぐ側なんで。金使うわけやないですから」
「は?」
「ここで待っとってくださいね」
そう言った翡翠はやはりすばしっこく駆けて行ってしまった。
もうなんなの一体、でも確かに銭入れは取り上げた。何を待てば良いのかと、待っておけと言われたけれどダラダラと朱鷺貴は着いて行ってみる。
寺から少し歩いた場所、千葉道場よりも手前。
翡翠はとある家の前で戸を叩こうとしてやめ、それでも思い直したように戸を静かめに叩いて「ごめんください」と言っているのに、なるほど博打とはと朱鷺貴は見守ることにした。
少々、間はあれどみよは家から出て来た。
自分から戸を叩いたのだが「おぅ、」と驚いてから「あぁ、みよさん…」と、知り合いが端から見るに驚くくらいに翡翠は動揺しているようだった。
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