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「……ご察しでしょうが…お恥ずかしながら私はこの身分になるまで王族のことですら知りませんでした。
こうなってみて………、煕宮様や敏宮様にお会いすることも増え…その中で貴方に行き着きました」
「敏宮か…大したもんだな」
「敏宮様が…。最後、貴方は父の墓石に唾を吐き掛け、それから姿を消したと言っていました」
特に答えず。
「これは末妹として是非…今生の別れとなるかもしれないと、会いに来たのです」
…懸命なようだった。
「やはり奥女は礼儀を知らないな。
だが、あまりあんたには言葉を掛けたくない、気にするなと、」
「私の母と貴方の母は、不思議と似ている。気に掛けて当然ではないですか」
「そんなご立派じゃねぇよ、名もない女だ」
「…敏宮様も貴方のことを、兄として気に掛けていらっしゃいましたよ、」
「…だからなんだっつーんだよ、」
しかし藤嶋は吐き捨ててからふと黙り、…まるで目を伏せ「悪い人じゃ、なかったよ」と、荒を沈めるように言う。
「…まだ私は何か、」
「お前さんほど綺麗な感情じゃねぇとは言っておくけどね、」
しかし…。
話は終わったとばかりに藤嶋は立ち「羽織は置いといてくれ」と告げるのだが、これが恐らく最初で最期の出会いかと思えば、傾ける気になった。
「女を泣かすのはいつも男で、男はいつでも女を守らないと俺は見てきたよ、和宮和宮。
全てが終わったら、尼さんになるのを奨める。
養生しろよ、気は心から身体に移るもんだ」
…ただ。
流れ弾は酷く、理不尽なものだ。
和宮が頭を下げたことすら見ぬまま、藤嶋は障子をパタリと閉める。
…思うほど、何一つ上手くは生きてきていないんだよ。
文机で筆を取って考える。
傷に触れた。どうしても死んで欲しかったのは突き詰めれば男だったのか、今となっては若気の至り程度の話かもしれなくても。
先日届いた手紙も当たり前に目に入る。
…話を進めるにはどうやらこの男を構わなければならない。
ただ、ならばより一層に和宮の言葉の節々が気に掛かる。
非常にスッキリしないが、さっぱりはしていた。彼女が歩む人生に、影があるのは…目覚めが悪い。
守るものなど何一つ持たないのだから、破壊に転じるのかもしれない。そろそろ限界らしい。
誰しもが曲がる角をまだ見つけていない。
だから正体不明だったようだが、不思議だ。こんな感情を沸き起こすだけの人物だったということで、端からそれが手を離れていたということがいままでになかった。世も、本当に末となってきたようだ。
されば、とまた改めて手紙を眺めてみる。それは明後日と記されていて絶妙な頃合い、筆を取り暫く、然るべき者へと考えた。
…人が争う理由は至ってシンプルで、起こす人物の平穏が崩れる時だけだ。戦において物が動くのは、動かざるを得ない状況であるからに他ならない。
だが…例えば和宮の口上から出た「敏宮」は現れなかった。
ならば単純だ、敏宮は動く必要がないのか、動けないでいるのだ。
丁度、互いに繋がる人物は今、間接的ながらもこうして手元に名が残っている。
だが、これも本人じゃない。
ああ、そうかなるほど。
簡単だ、余らせているのだ。
だが…。
真相に辿り着けば自然、腹の底からくつくつと笑いが込み上げてくるようだった。
皆単純だ、単純な戦略ばかり見落としている。
「…バカしかいねぇな、」
なら、迷惑だ。
数を打てば当たるものが出てくる、それだけの話だ。ただ、本人は名手だとこうして自負してきている。充てた先の事情を知らないままに。
筆を置き寝転がり、目を閉じる。
憎い男を組敷いたのは生きてきてたったの一度だけだったと振り返る。この手で息耐えたと知った瞬間、自分の血がやけに鮮やかに思えた。
目を開ける。あぁ、温かったな。あっさりと死んでくれたらよかったものを、性根がどこまでも腐っていやがった。
しかし、その場で生き延びた俺も同等だ。本当はいつ死んでもよかったというのに、いざ進めばただ虚しかっただけで、だからあの一瞬、濁ったんだろう。
…刑場で少年を見たとき。
やはり、勝手だ。だが、自分とは全く違う刃を彼は持っていた。だから、本当に勝手だったと傷付けられてきた。
その場所を知っていたのかもしれない、あの少年は。更に勝手になってゆく。
どうせ眠れもしないならと、結局藤嶋は碌でもないことを思い付き、箪笥の上段を開ける。
噛まないで、とよく言った背。
白地に蝶の入る羽織を取り出す。
これ、丈合うかな、綺麗なんだけども。いっそなら、合わせて黒地で牡丹の振り袖もいい。
流石に未練がましいかと、羽織のみを手にして畳み直した。
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