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 明後日の昼過ぎ、藤嶋は御苑の側にある宿屋で三条さんじょう実美さねとみと落ち会った。

「なん、と…」

 実美は藤嶋の華やかな……しかし、まるで娼人のような自然さに思わず声を潜め「遅れてすまない」と言った。
 腹が読めぬのはどうやら互様らしい。

 聞き及んでいた顔の傷、これには間違いがないと実美は確信した。

「…お呼び立てして申し訳ない。何分謹慎中の身故、」
「そうか大変だな」
「無礼を詫びる」
「別に。どうせ暇だし。まぁ、無礼というなら確かに家に来て欲しかったものだが、かの三条家嫡男が来るような場所ではなく、赴いたまでだ」

 実美は、鼻立ちがすっきりとした、済ました男だった。

「…滅相もない。貴殿は宮中のお方だ、私めなど」
「冗談はいいからさ。用事ってのはなんだ」

 …全く腹の立つ男だ。
 藤嶋は実美がムッとしたのに笑い、「まぁ堅くなんなよ」と煙管を吹いた。

「易々、本来ならこんな所に辿り着けるとは思わない。同族同士の内緒話としての雑談だろ。あんた、少し余裕がないな。いっそ腹ぶちまけるなら外の方がいいんだろ?それとも何か、敷地には足を踏み入れられたくなかったか?」
「…宿が不満か」
「別にそんなのなんだっていい。足ってのはありゃぁ踏み入れられるという話だ。さて、大方長州方の話かと思ったのだが」

 手を読まれている。
 実美は不意を突かれたような表情で「お話が早い」と息を吐く。
 まだ腹は読めず。

「……しかし味方であればこんな、端の俺に何故と…伺いたいが、まぁぐちゃぐちゃ、敵か味方かという概念がない分、話をするには有益かな」
「…同族と貴方も今仰った。
 私の読み違いでなければ貴殿にも悪い話ではないだろうと思う。一言、私は右大臣うだいじん九条くじょう氏を失脚させた」
「ははは、あの色ボケジジイをな、今となればそんなの自然な話だが、幕府の次の世継ぎ問題にしては、話は固まっているだろうしなぁ、」
「結果的にはそうもなるが」
「あの爺さんの手綱を持てなかったのは公家全土の責任だろ。まぁ、俺は悪いとは思わないけどね。
 しかしあんたは公武合体じゃなかったのか?結果的に和宮様が人質になり10年…無理か、5年は時間稼ぎが出来たと捉えれば、官位奪還はもう目の前だろうよ、はは、一体どう噛ませたんだ」

 飄々と語る藤嶋に更に関心…いや、実美には得体が知れなかった。
 ということはこの男、退いた後の内情まで知っているのかもしれない。

「まぁ、藤原ふじわら方の鷹司たかつかさ政道まさみちが退いたことは痛手だったと気付いたからこうなっているんだろうけど、つまりあんたは俺に何を語って聞かせようというのか、手短にお願いしたい。
 その話ぶりでは長州系の鷹司家の官位復刻といったところか?あんたは幕府につかないと」

 ここまで話が早いと、自分は最早踏み入れる先を見謝ったのか…にしては、やはりさくさくとこの男がこうして手の内を見せることに不気味さを覚えた。

「なら言っとくが公家の一般的欠点、不安要素と言えばそろそろ中川宮なかがわみや氏のことも考えるべきだと思うが、若造に押し付けすぎたんじゃないの?あんたら。良い外面なのに。今更尊攘に荷担してやってお得意の時間稼ぎか?
 まぁ、そろそろ限界に近い今だからこそというのもわかる。薩摩へも踏み入られ、会津への一応の介入を許したとしても…持つかねぇ。まぁ、手に乗るのも得策かもしれないな。しかし、忠実な狛犬とすれば長州は出遅れ、漏れた」
「………そこまで読まれると心底貴殿が何者かわからなくなる」
「簡単な話だよ。事は自然に起きる。
 常々別の替え玉を打ってきた公家には何がどう動いても自然であり、そう、神のお導きと言うやつだろう。
 で?俺が何者かという話だったか。わからずと来た根性に感服する。あんたほど頭も良ければそろそろ分かる頃合いか、まぁ、わかったら酔狂だと思うぞ。正解か不正解かで言えば、人選は間違っているかもな」
「………酔狂か、ならば言おう。
 淑子内すみこない親王様…いや、甘露寺かんろじ甘露寺が皇女敏宮様と言えばわかるか、彼女は12代桂宮かつらのみやを伝承する」

 自信ありげに言った実美に藤嶋は黙った。
 となれば、自分がいまここにいる理由はやはり、この男の少しの読み違いであるかもしれない。

 どんなものも手中には余る。

「だから?外れだ。
 悪いが「伝奏」が残っているんで」
「…吠えるな、」

 確信したように藤嶋はにやっと笑い場を辞そうと立つも実美が思案顔。
 しかし先程よりハッキリしたような、はっとした表情で「…待て、」と引き止めてくる。

「良い子は「待て」だ。同族なら苛められっ子の強さを知っているだろう、三条実美。まぁすぐ戻るよ」

 部屋を去るがついつい、目先で話しすぎた。
 確かに思い入れがないわけでもないのかもしれない。だが互いに目先なら、今自分は三条実美にとって障壁になったのかもしれない。

 我ながら、意地の悪い。しかし過大評価なのだからはね退ける自由はある。
 きっと背後で「いや、まさかな」と頭を捻っているだろう、良い嗅覚だ三条実美。

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