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宮内では今か今かと待っていたかのように、孝明天皇が食事を用意し藤嶋を迎えた。
やはり珍妙な表情の孝明天皇は「来たな亡霊…」と苦そうだ。
食事には焼き魚があった。
藤嶋は構わずに膳の前に座り、「初めましてか統仁親王」と、笑いを扇子で隠す。
妙な沈黙が流れた。
「聞きたいことがあったんじゃないんですか?皇太子様」
「……あぁ、そうだな」
「私を呼んだのは誰なんです?鷹司の手と考えるとやはり三条実美ですか?」
「三条……実美…?」
ここでもやはり、歪み合う。
「…ご様子を伺うと宮内においてはてんでと見える。質問を変えましょうか。私を誰だと聞いたのか。姿勢としては正解ですけどね、王は下々が重要だ」
「……お前は一体、」
「手始めに自己紹介と行きますか。あんたには兄弟がゴミのようにいらっしゃるでしょうから。辿り着いたのならお察しでしょうけど」
「………」
「まぁ、私が死んだ頃、あんたはまだ生まれてませんでしたね。尼さんでも呼んで聞いてみたんですか?よく行き着いたよ」
「…ふざけてないで手の内を明かせ、貴様は一体何者なんだ、私はそれが気持ち悪くて」
痺れを切らしたようだった。
ただ藤嶋はそれにも「はははっ!」と態度を改めない。
「…良く言う、末の妹を幕府の死神に嫁がせたほどの肝とは」
「…違うっ!言葉を慎め…!」
「お前がな四男」
パチリ、と扇子を閉じる。
睨むように藤嶋が見れば、孝明はぐっと黙った。
仕方のないことだとも、実は捉えている。孝明が即位した時はまだ幼く、何より条約やらその他は最早この男の手にはなかったのだから。
そしてこの家には、良くも悪くも外を見るという文化がない。
「じゃぁ…あんたの気持ち悪い要因をひとつ消すならそう、私は藤原あたりの亡霊ですよ。ですがまぁ…高尚な名前は付きました」
「……お前はただ…っ、父の側にあの日いたはずだと聞いた。側には父の懐刀があったと…。その顔の傷は父がやったんじゃないのか、」
「そうでしょうかね、忘れちまいました。その場に知るものがいないのなら闇。結果この地位に就いたのなら申し分ないでしょうよ、孝明さん」
「お前は私が気に入らないのか、」
「どうでも良い、」
ぐっと孝明は脂汗を滲ませ、黙る。
こうまで来ると本当のところ喋る気も失せてくる、と、笑いは冷笑に変わる。
「父の側に居れば良く見えてくるものではないですか。
あぁそう、言うなら私が死んだのもまだ赤子だったので、人々が悲しんだのか喜んだのかすらわかりませんよ」
「…どうして生きている、」
「さぁ、」
「お前は何者なんだと聞いているんだ……!」
「ご安心くださいよ統仁親王」
穏やかに藤嶋は告げる。
「……私は近日まで、甘露寺の者が父を手に掛けたのだと聞いていた、しかし淑子内から重大な話を聞いたのだ、私は、弱味を握られている」
「…なるほど、それで私があんたの命を狙っているという揺さぶりがあったわけですか。
しかし、ははぁ、妹が大変可愛がっていただけているようで恐縮であります」
「本当なのか、」
「それはどういった経緯ですか」
「だから、」
「まどろっこしい、俺が新皇嘉門院…まぁ、藤原繁子の第一皇子安仁か、と聞きたいのですか」
見て分かるように孝明は力を抜き「…はぁ…?」と脱け殻になった。
どうやら藤嶋は外し、つまりは口を滑らせたようだった。
「藤原繁子……?」
「…ははは、なるほど、例えば仁孝天皇の女典、甘露寺妍子の隠し子とでも聞いたのですかね?確かに、間違ってはいませんけれども、もう少し根深かったという話です」
「…待て、」
「これで貴方はこの事実をこの場から墓場まで持っていかねばなりませんね」
沈黙と緊張が走る。
「赤子がどうこうで騒ぐのは男ばかりかと言えばそうでない、神の子だろうがそれは変わりませんよ孝明天皇。私が死んで悲しみか喜びかわからないというのはいずれにせよ当事者ではないからだ。
残念か安泰か、あんたが会いたがっていた安仁親王は、私であり私ではない。これをお答えとしましょうや。あまり話すと女は怖い、呪い殺されますから、特に貴方の母君からは黒い物が漂っている」
「ふざけるな、」
「少々口が過ぎましたか、貴方は今心底私を怖がっている、ははっ、まぁ、兄弟のよしみということで。
出生を話せば、母親は公卿の貧困打開案として出家を余儀なくされたがもうこの世にはいません。藤原…基い鷹司繁子は難産な体質、まぁ、貴方の養母もそれは同じですね。
しかし、誰にしても私自身は貴方にとって亡霊で間違いないですよ。でしたらやはり、私の母は寺から名前を受け継ぎ祖父の代で滅び身分を返上した武家の家柄ということで。ならば、妹には妥当な官位でしょう」
「…どういうことだ、そんな胡散臭い話があるか、」
「その点は貴方が一番お分かりではないですか?元々この家には矛盾ばかりがたくさん転がっているでしょうが」
…つまりは父の贈皇后、藤原繁子かその妹祺子、基い自分の育ての母が生んだ子供で間違いはなさそうだが、甘露寺妍子もこの男には関わっている。
だが全員この世のものでは、ない……。
藤嶋宮治という男が幻に見えてくる。
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