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腕を組みまるで震えるようなこの男には、最早時の盛運がないと藤嶋は悟る。
ある意味自分が撒いた種も、要因には混じっていた。
「呼び立てたのはそれだけですか?」
「……何が欲しい」
「は?」
「……貴殿の狂言が本当だとしたら貴殿は私の兄となる、だが、」
「えぇ、混乱しますね。
俄か信じ難いでしょうし、ここに金がないのも知っている。何も要りませんよ、別に。そんなに悪質な冗談をかましに来たわけではないが…強いて言うなら面を拝みに来たのみです」
「…いや、」
「ちなみに、それ故私は鷹司家にとっても亡霊、貴方のような扱いを受けることになるでしょう、まぁ、過ごしたのもほんの僅かばかりですし。あとは貴方の認識に誤差はありません、私は貴方の父を殺し生き長らえている」
鼻で笑うような藤嶋に怒りより恐怖ばかりが勝る。
「は?」
「貴方の知りたい腹はそこかと検討していましたが。私が鷹司に長州を差し向け王位奪還をと…そこまで嫌われてしまえば立つ瀬もありませんね。
まぁ、それほど潰したいのであれば簡単な舞台の構図は自らお出来になっているではありませんか。
誰かを贔屓し誰かを蔑めば自ずと蠱毒の如く潰し合う。だから薩摩を抱え長州を突き放すという腹だったのではありませんか?」
「…何、」
「貴方がそうなされば世は勝手に動く。理論は幕府と同じでしょう。江戸幕府には穢多非人制度がある」
「………」
「それではもうよろしいでしょうか。
あぁ、そうそう。男娼の話ですが焼き魚はご法度なんですよ。滋養強壮はありますけどね。では」
「……ならば復讐なのか、」
最後に吐かれたそれにぴたっと、つい藤嶋は止まる。
振り向けば情けも余裕もない、そんな表情で見る孝明につい、「いえ、」とだけ漏れた。
「…可愛いらしい人」
自分にも人の徳は、あったのかもしれない。
ここには二度と来ることがないだろう。
門には人影があった。
待てすら出来ない売女のような男に品を感じず、藤嶋は意地悪にもシカトをして去ろうとするが、やはり「おい、」と待てはない。
「なんだ」
「…お前今本当に孝明天皇とお会いしていたのか、」
「誰と寝たかという話はご法度、聞く方も品がないと、芸者に嫌われるぞ」
「…ふざけてる場合か、」
「お前誰に向かって口利いてんだ?」
冷えた口調に実美は間を持ち、唖然とした。
「………」
「俺は神の子だぞ?」
「あっ………なた、は、やはり、」
時間もあったしどうやら、行き着いたのかもしれない。
この男は弟を愚弟にするほどの人物だ。恐らく核心を掴まれただろう。
ただただ笑えそうだった。
ふいっと去ろうとする藤嶋に「ご無礼を、」と息を切らしているのも鬱陶しい。
「…だが、俄かには信じ難く…」
「正直な男は嫌いじゃないよ」
「…和宮様につきましては、孝明天皇様も気を病んでいた。これは私共の失態でありまして、それ故に」
「お前聞いてなかったんか?」
門の側で問い詰めるかのように実美の真横を、まるで蹴る。一瞬固まった実美は刀すら思い及ばなかったようだ。
「神の子だって」
確かに、それなら攻撃に及ばれるというのは予想外だろうと、やはり自然と笑えてくるようで、ついつい悪い気紛れに胸ぐらまで掴み上げてしまった。
「異母妹売った程度じゃ腹立たねぇよ知らねぇし。ただの、一介の犬畜生が調子に乗んなよ。お前の役目はアマテラスオオミカミを守ることだろ。
だが、…ふっはは!俺は神でも死神だよ。俺と寝ても死ぬだけだね、」
胸ぐらを離して満足した。
向けられた挑戦的な目にも更に、満足した。
「まぁ、尼寺はご法度だな。意味わかるか?」
「…なんのつもりなんだ、」
「…はは、復讐?復刻?ならそれでいいよめんどくせぇ。勝手にしろ」
犬に興味なんてねぇよ。
「……わからん、心底」
「なぁ。
神が何者かお前は知ってるか?」
「……は?」
「神は全て人の子だよ。
精々頑張れ三条実美。鷹司にもよろしくな」
死神。
本当に少しの見誤りだったと気付けば腰が抜けるようだった。
……しかし、不幸か安泰か目的の一途にはいた。だが末恐ろしい、この藤嶋宮治という男が。
一歩間違えば自分が潰されるかもしれない…これは、前途が見えなければ噛み付いてはならない相手だった。
潰されたものは根性がなければ立ち上がれない。逆境から次々と、下を踏み固めてここまで来た気概は確かに買う。ここなら、いくら潰しても沈みはしないものだ。
と考えて久しぶりに自分も感情が動いたと知る。だが忘八、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌を忘れ。
ならば何も恐れずに済むことだ。
出来れば、二本の交わらなければ良い事変。確か、それは30年以上も前の日で、「殺される…、」と察した女は自分のと、もう一つだけ寺に篭を寄越したのだ。
「…殺されてしまう…っ、」
それから会うことはなかった。
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