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 一面のデスクと、白が黄ばんだような壁と、見晴らしの良い窓。殺風景だがどこか乱雑なような、素っ気ない景色に午前の緊迫の中、忙しない様子で客間をちらちらと覗く従業員達がいた。

 低めで高そうなテーブルに革のソファー。対峙する着流しの作家、|上柴《かみしば》|楓《かえで》と、|津田《つだ》編集長という構図が、従業員の集中を削いでいる。

 なんせあの、存在を目にした者が担当と編集長くらいしかいないかもしれないという、少しばかり奇妙な噂のミステリアス作家、上柴楓がそこにいるのだ。

 見た目が最早異風だった。
 お見受けしたところ20代だろう、そんな人が今時着物というセンス、しかもなんと言うか、例えば伝統芸能のお家柄の方々並みに着物は着慣れていようだ。ぽっと出芸能人の胡散臭い着物姿なんかより断然、板についていた。黒髪と肌は白くて綺麗、薄顔の、和製な美青年である。

 あぁなるほど、こんな人があの小説を書くのかと納得した出版者従業員一同だった。

 しかしどうも眺めていると、上柴の担当である|野山《のやま》、上柴、津田。三者一言も話をしている姿を見かけない。津田は上柴を、胡散臭いまでの笑顔でデレデレと見つめるばかり、だが足元は貧乏ゆすりをやめない。
 上柴は上柴で素知らぬ顔をし津田と目を合わさずに「茶柱、」と呟いたりして湯呑み茶碗を両手で持ち茶を上品に啜っている。
 野山は両者に対し、困ったような笑顔を浮かべ、どうやら間を取り持っている様子だった。

 客間の中は客間の癖に、どうにもこうにも木枯らしのように乾いた雰囲気。所謂、気まずいというやつである。

「一応来週に予定しています。連載も軌道には乗っていますし…」
「その件はOKでしたよね?」
「あぁ、対談でしたっけ。“|北條《ほうじょう》|凛李《りんり》”さん?」

 漸く話した内容に、上柴はパラパラと、テーブルに置かれた単行本を触る。態度は最早、上柴はそれには興味がなさそうである。

 確かに。
 出版社一同はどちらも読むのでわかる。
 恐らくは気色の違う作家同士だ。

「お読みになりました?」
「はい」
「彼、実は上柴さんのファンだそうで」

 マジか。
 このライトノベル作家が。
 心の中で、上柴は軽く驚いた。

「へぇ…」
「彼もまた女性的な感性で物を書く作家でしょう?だから上柴さんと共感や、なんと言うか作品論が合いそうだと話してましたよ」

 女性的と言うか。
 はっきり言ってしまえばこの、北條凛李の『|夕感鉄橋《ゆうかんてっきょう》』、仕事故にこれを上柴は耐えて読んだが、3日も掛けてしまった。

 さらに調べたところこの『夕感鉄橋』は確かに、発行部数で言えば現代にして8万部。
 売れたかもしれない作品なのだが、どうやら調子に乗って、というより無理強いさせられたのか本人の意思かは分からないが、それからシリーズを現在3作出してしまっているようだ。このライトノベル、ライト文学業界の恐ろしい魔の手をまざまざと見たような気がした。

 一体累計で言ったら何万部なんだろうか。シリーズなら、最初の発行が一番売れているのだろうが。

 上柴がこんな評価をするのもつまりは、上柴のなかでこの作品は「は?」の分類に分けられた。

 女性的、物は言いようだ。これは、というより稚拙すぎたエロ本だろう。しかも異次元。というかここで出てくる『プロット』という言葉。

 自分は確かに、プロットは立てるが作らない。しかしこれはまた別次元。
 いや、これも分野として確かに確立しているからありなのかもしれない。

 が、何故主人公、鉄橋から自殺して死後の世界に行ったら王様になって世界を救っているんだ?
 そして何故ロケットランチャーや|手榴弾《しゅりゅうだん》が登場してしまう?あれオリジナルのなんか武器名になっていたが要するにそれのことだろう?
 更に無駄に登場する濡れ場。それも稚拙。この作家には一度“古典文学濡れ場集”を作成して読ませるべきだ、というか童貞なんじゃないのか?と思わせるなんだかよくわからない文だった。

 いやまぁいい、それもファンタジーだ。
 上柴にはついていけなかった。一纏めに、「カオス」だった。あれが小説とか、まぁそれも時代の流れか、随分メディアに特化したものだ。しかしまぁ、マジかと驚愕したものである。
 そしてあれは曖昧だ。
 果たして児童文学か、ファンタジー小説か、官能小説か。起承転結は織り混ぜてあって、確かにそれはそれで文化である。ただ。
 要するに上柴が好きな分野ではなかった。

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