2
それと対談をしろ、しかも直木《なおき》について。
この編集長は一体全体自分をなんだと思っているのか。
「あぁ、そう言えば…。
ライトノベルって、直木賞を見ませんね」
「はぁ、まぁ…」
津田は少し疑問を呈した、しかし笑顔は崩さずに答える。
「あれにはまた違う賞がありますからねぇ。しかし何故突然?」
「いやぁ、この方ライトノベルでしょう?」
「いいえ?」
「え?」
それはまたぁ。
「まぁ、ファンタジー、ですかねぇ…」
存外編集長は心許ない返事。
いや聞かれてもわからんし。こっちがなんなら聞きたいくらいだ。
「…なんでまた私なんでしょう。タイプが違うのではないですか?」
「いやぁまぁ、週刊切っちゃったのもあるし…上柴さん、ズバリ、ですよ?」
野山がすかさず「へ、編集長、お茶をいれてきましょうか…?」と無理に話に割って入る。しかしそれも、「いい」と最早熱も籠らない編集長の一言で終わってしまった。
「体調を壊されていますか?」
野山は背がヒヤッとするのを感じた。
上柴が漸く、本日、ここに来てから挨拶以来、久方ぶりに、目を細めて津田の顔を見る。最早、睨みに近い物となった。
「この前も、緊急搬送されたと」
「…ご心配お掛けしました」
それをわざわざ言ってくるというのはつまり。
編集長、津田の言葉一つ一つを捉えるに、今回の出来は微妙だと言いたいのだろう。
しかし、津田は相変わらずデレデレとしただらしのない笑顔を上柴に対し浮かべている。
「出来が微妙だったと?」
「いや、まぁ方向性は気になりますが。上柴さん、落ちきれないときもたまにありますし。いや、良い意味で、ですよ。
ただまぁ、一見落ちではないように読める、読者を迷子にする|迷解《めいかい》のような文章もあったり、まぁ中盤なんでそこはお伺いしたいですね」
…そうはっきりと欠点を言われると腹が立つな。
「落ちはラストまで自分でもぼんやりとしかわかりませんね。今回短編連作だし。まぁそれぞれの話のテーマはタイトルで、単行本としてのテーマはやはり、タイトルです」
「これまでは、『紫煙《しえん》』『泥濘《でいねい》』そして今回が『雨雫《あましずく》』。これはつまり?」
「ちなみに次のタイトルは『懐古《かいこ》』です。見えてきません?」
「うーん…」
「まぁ、これは最後にもう一度話しましょう。多分こういうのって、完結しないとわからない」
「いやぁ、完結してしまうと方向性の改訂など、出来ないじゃないですか」
「方向性、微妙ですか?」
「いや、まだ見えていません。なので話しておこうかと」
どうも少し、なんとも形容しがたいほど微妙に、この津田という編集長と自分との感性のズレを感じて仕方がない。多分ここがズレてしまっては何を話しても、例えば小説の話でなくてもそうだが、恐らく二人揃った話のゴールになどは、つかない。つまりこれは、詮のない会話かもしれない。
「方向性…ライトノベルやファンタジーじゃないことは確かですよ」
なんて、最早子供じみた返答をして上柴は不機嫌を提示する。木枯らしは一気に冬を加速させてしまったようだ、空気が凍ってしまった。
「まぁ…そうでしょうけど」
「なんだか、津田さんは私の短編に思うところがあるようだ。
ただ私はいま、一番きっと筆が乗っている。筆が乗るのは作家にとって同時にスランプだ。一歩行けば全てが、駄作のような気がしてしまう、一文字代えたらそれに疑問と迷宮が付いてくる。一行代えたらそれはそれ、別の物なんですよ。
だけど私は創作者だ。話の中で現実を見たい、リアルというものを愛する。だから一言や感性、人の反応も愛するのですよ。
一言一句を無駄にしたくない、私は人を物語として紡いでいる。何が言いたいって津田さん、作品に対し、私に対し思うところがあるのなら」
「わかってますよ上柴先生」
ヒートアップしてきた上柴を遮るように津田は言う。それには上柴も閉口した。
「貴方の作品を出版してきてそんなことくらい、わかります。だから思う。貴方はいま、根詰めている。言い換えればゆとりがない。だから一つ、やはりこの話、いかがですか?やってみませんか?」
「…はぁ」
何故そうなった一体。
「空太君と一緒ですし」
「はぁ、そう…」
「明日こちらの第二会議室に」
強引じゃないか、凄く。
「…時間はこちらが指定してもよろしいですか」
「…まぁ、」
津田は少々苦い笑顔だった。しかし隣に座っていた野山の困ったような顔を見て、「わかりました」と、返事せざるを得なくなってしまったようだ。
「出版社、9時には開きますよね。10時でよろしいでしょうか?」
上柴が野山に訪ね、野山が津田を覗き込めば取り敢えず、渋々ながら苦笑いのまま頷いた。
- 35 -
*前次#
ページ: