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それからさつきと蓮がICUに戻ろうとすると、廊下で空太がどこかに電話を掛けていて、何やら熱心なご様子だった。
二人を見ればニコッと笑い、頭だけ下げて病室を指される。
なんとなく、職業関連だろうか。そう思ってICUに入れば、蛍は起きていて、二人を見るなり「二人とも…、」と緩く微笑んだ。
「お引っ越し成功だよ蛍」
「え、ホントに?」
「ウチの鬼嫁が凄く頑張った」
後ろから茶々を入れる蓮を、少し振り返りさつきはわりと本気で、軽めに頬をぶっ叩いた。さっきの色々が混じった力具合。蓮が掛けていた眼鏡はギリギリ飛ばなかった。
「あぁ、痛っ」
「おぃい!顔はやめろよ鬼嫁!」
「何言ってんだぁ、アパレルクソ野郎」
「だからだよ、アホなんじゃないの暴力嫁!酷い!蛍ちゃんこいつどうにかして!」
「…いつも通りな気がするけどどうしたのさつき、機嫌悪いの?」
「生理かこの、」
「あぁ!?いいから蓮、早く蛍に肩を貸しなさいよ!私は荷物持ってくから!肩貸すのに点滴倒したらお前離婚するからなマジで!」
「…それ最早フリに近いよさつき、不謹慎だし個室でよかった〜。
はぁい、蛍、引っ越ししようか」
やれやれと言わんばかりに、しかしどこか嬉しそうにふと柔らかな表情を見せた蓮と、後ろでにっこり笑ったさつきに、蛍はなんだかやはり暖かいような、なんとも言えない感情が沸いた。
そうだ、さつきはいつもこうやって皆のリーダーシップを取ってくれる。ふいに弱ることもあるのを、多分蓮が一番わかっているから、優しい蓮だから、こんな表情が生まれるんだろうなと思う。
肩を貸してくれた蓮の力を蛍は借りて、少し痛む横っ腹もどうにか耐えられそうに、しかし歩けた。思ったより傷は浅いのかもしれない。
さつきがさっさと蛍の日用品を持って、道案内をするかのように先を歩いてくれた。
ICUを出たところには空太がいて電話をしていた。おそらく、野山さんと電話しているのだろう。そんな空太にさつきが「105」とだけシンプルに告げていた。
空太の横を通れば、小さく手を振られる。蓮が空いてる手で返事のように手を空太に振り返してから「蛍、」と話しかけてくる。
近く籠った声に、どうしたもんかとふと蛍は蓮の顔を覗くように見る。蓮は目が合えば、まるでいたずらっ子のようににやっと笑った。
「いまでも君のことは好き」
視界の端で空太が蓮を見つめたのがわかった。
それがどういった心理なのか、二人分くらい、蛍にはわからなかった。
「知ってると思うけどさ。
多分俺一生君を嫌いになることはない。好きなまま。けど愛するのはさつきなんだ、蛍」
「蓮?」
「まあいいでしょ?こんなのも。俺はみんな好きって話。ただ君は恋愛の『恋』でさつきは『愛』なんだってこと。どう?良いこと言ったでしょ?次の小説期待してるんだけど」
「ふ、」
あぁぁ。
笑った。
それはどうやら腹に少し響くらしい。
「流石は『アパレルクソ野郎』だね。お、おかしっ…!
ねぇ、ちょっと、は、腹痛いんだからふざけるのよしてくれない?」
「え?酷くない?俺わりと真面目に」
抱き抱えるように。
肩から下げた腕で蓮の頭をわしゃわしゃしてやった。アパレルクソ野郎、ふわっとヘアスタイルは飛散してしまった。
しかしその蛍の、楽しそうな笑顔と綺麗な瞳と、覗く首筋、手に当たる頼りない腰回りは凄く美麗だと感じたので、それに悔しさがあって。
「…君ってホント罪深い」
いたずらの仕返しとばかりに、その細い腰を強引に引き寄せ抱き締めた。手の中にこいつも収まってしまうが、そうか違いは。
こいつは少し、切ない匂いが俺にはする。
俺にはやっぱり、青春だ。
後ろで空太が思わず唖然と見つめているのが目に入ったので、蓮はにやっと笑ってやった。
蛍からはさつきの、少し切ない表情が見えて凄く居心地が悪い。
「蓮…、あのぅ…」
「…生きててよかったな蛍」
「は?」
急に離され、顔を覗かれた。
蓮は何故だか少し哀愁を帯びた表情だった。
「初恋をありがとう。それだけ!」
「え、は…」
「はぁ〜、スッキリした。モヤモヤが漸く取れた。これでもう俺も前を向ける。
ねぇ、でもちゃんと親友みたいなポジションではいたいなぁ、蛍」
「ごめん蓮」
「え、嘘、マジ?ダメ?」
「いや…。
ごめん、君があまりに急速すぎて俺はなんて返していいかわからないんだが」
蓮が目をぱちくりとしたあとに「はっ、」と、漸く意味を理解したらしい、それから「ふ、ははは…」と、公共に適するように静かに声を殺して蓮は笑い始めた。
「うん、そう、俺が悪かった。俺って突拍子ないの。そして君ってそーゆーやつ。
親友でいよう。はい、決定。さ、引っ越し引っ越し」
「うん…」
それを見たさつきが優しい微笑みを見せたのは、蓮以外が知っている。
でもそうか。
蓮は気付いたのかもしれない。
自分が思っている以上に他者は、自分を受け入れ、閉鎖的ではないということに。
ならば自分はどうだろうかと蛍は考えた。
自分を閉ざしていたものは、その人物は、果たして、誰だったのだろうかと。
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