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 タクシーに乗り伊織は五反田ごたんだの住所を伝えてやはり気に掛かり、「珍しいですね」と吉田に振った。

「てっきり…」

 話す間、吉田は伊織の手を指先でこっそりなぞり、握ってくる。一体これはどういうことだろうかとぼんやりしそうになるのだけど、まぁ明日もあるんだし。

「どんな映画を観るんですか?」
「…あ、うんとね……。コメディも良いけど…って、ベターに恋愛もいいなぁ」
「そうですか。いま、そんなのがやってるんですね」
「伊織ちゃんは普段、映画観る?」
「結構借りて…てのが多いですね」
「家でゆっくりもいいよね。どんなのが好き?」
「あ、でも少し前に会社帰り…映画館に観に行きましたよ。海外ミュージシャンの」
「…あぁ、そうなんだ。へぇ、ドキュメンタリーとか、好きなの?」
「いや、普段はそういうの、観ないですね」
「そうなんだ…」

 どこか吉田は上の空。
 五反田までの、30分あまり。

「土日、普段は何してるの?」
「大体寝てます」

 だとか、

「そう言えば伊織ちゃん、趣味とかあるの?」
「音楽ですかね」
「へぇ、どんな?」
「基本的にロックを」
「うわぁ、なんか意外だ」

 だなどという、とても他愛のない会話ばかりをする。
 確かに言われてみればこんな会話はしなかった。食べ物の趣味ですら本当は微妙によく知らないでいる。

「…なんかさ」
「はい?」
「ホントにこんな会話、しなかったんだね」
「そうですね」
「…まぁ、俺が言うのも烏滸がましい気がしちゃうんだけどさ」
「そうですか?まぁ珍しいなとは思いますけどね、こういうのって」
「ははは〜…、手厳しいなぁ。伊織ちゃん、サバサバしてるよね」

 それがいいんだけどね、と言う吉田と「この辺でよろしいですか」と言う運転手が被る。

 伊織の家は一階部分が駐車場の、わりと綺麗な5階建てのマンションだった。

 伊織が財布を出す前に吉田が会計をし流れるようにタクシーから降りた。

「結構綺麗なマンションだね。何階?」
「3階です」
「そっか」

 とてもにこにこしながらマンションに向かう吉田に大丈夫かなと、伊織の頭に過る。
 そもそも効率はあまりよくないのだけど、明日は有楽町かなと思いながらエレベーターの3階を押せばついに吉田はキスをしてきた。

 ラブホのエレベーターと変わらないな、と思いつつあっという間に3階につき、「目の前の5号室です」と伊織が告げれば、鍵は伊織が持っている、それだけはいつもと違うところなのに吉田は一足早い。

 ラブホと変わらない。

 鍵を開けドアを開けた瞬間は先程と同じく壁に推し当てられそうになったが、「ん?」と吉田は部屋の明かりとテレビの音、玄関のスニーカーに気付いたようだった。

「…あれ?」
「…なんだお帰り伊織。今日は帰ら…」

 開けっ放しのドアから間もなく男の声と、焼きそばか何かを片手に持った金髪の青年が玄関を覗き、硬直した。

「なっ、」
「えっ、」
「ただいまリュージ。焼きそば?」

 男二人は互いに硬直し、挟まれた伊織は至極普通に金髪に声を掛けている。

「……は?」

 多分、どちらもハモったのだが「先輩の吉田さん」と、あまりに普通な態度の伊織に吉田は「まっ……っ、ちょ、」と、目に見えて困惑し慌てたように伊織から離れた。

「……マジか、そのパターン初じゃね…?」
「えっ、いや、だ、」

 リュージは唖然としている。
 慌てている吉田に「どうぞ、一応、多分綺麗な方です」と平然としている伊織に「ちょっ、待って待っておかしいだろ!」と吉田はツッコミを入れずにはいられなかったようだった。

「え?」
「いや、え?じゃないでしょ待ってどゆことこれぇ…」
「あー…なるほど被害者っすね。俺お邪魔ですよね。けどすみませんちょっと焼きそば出来たてなんで食ってからでも」
「ちょっと待って君誰!? 何!? え、待ってこれはちょっと違くて」
「伊織お前ふざけんなよこれ凄く困んじゃんなんで言わないん?
 あ、すんません…吉田さん?あの大丈夫です殴ったりしないと言うか伊織の彼氏とかじゃないんで。殴らないでください」
「へ!?」
「ですよねぇ…。まぁちょっとすんません、大丈夫です上がってください」
「何言っちゃってんの!?」

 吉田は全体的に驚愕したようだった。

 「お茶でもお出ししますね」と機械的に言う伊織に吉田はどうして良いか、ただリュージは焼きそばを持ったままリビングへ引っ込んだようだ。

 確かに殴らないらしいがと、唖然としたままだった吉田に対し、「どうしたんですか?」とイノセントな瞳で言う伊織に様々な可能性を考える。

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