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 伊織が「あ、先輩」と言うのと「ふはっ、」と笑う吉田が同時だった。

「…どうしたんですか?」
「いや、ふふ、なんでもない」
「リュージが有楽町に来るって」
「あぁ〜、銀座近いからね」
「ん?」


鷹峯竜二:吉田さん。
 ティファニーって銀座のどこですか。

吉田弘昌:取り敢えず宝石商だと思うけど、痛いのは伊織ちゃん、嫌いだと思う。


 …束縛系、流石だ。ペアリング的なやつだろうか。しかし彼は若いから良い。いや、却って安いリングよりティファニーなら既婚者とかのイメージが着くと踏んだのだろうか。
 吉田は感心した。

 しかしリュージからは「痛いって、金属アレルギーとかですか?」「検索したけどイマイチわかりませんでした」と返ってくる。

 どう調べたかわからないがそれだけじゃピンと来ないかもな。誰かに焚き付けられたのかもしれないとお節介精神が出てしまい、
「基本、ティファニーとカルティエは女性受けの良い婚約とか結婚指輪の方だよ」
と送れば、既読は着いたが返信は来なかった。

 最後に、「俺が言うのに下心はないけど、焦らなくて良いと思う」と送っておいた。
 彼ですら装飾をあまりしないタイプだからそういうのは浮きそうだ。どうせ君達は正規ルートに乗らないのだし。

 既読は着いた。

 「どうしたんだろ」と言う伊織に、まあこの子なら普通でもちょっとそれ、わかるかもしれないけど、と思いつつ。

 彼も今週は疲れたんだろうなと、ぼんやりと吉田は思った。なんせ宇宙人でも疲れるのだから。

「伊織ちゃん」
「はい?」
「…お節介先輩から一言ね。大切にしなよ」

 本人たちも未来はわかっていない。だが、それは誰しもが一緒だ。
 いつでも、雲をも掴む、そんなものが未来なのだとしたら、後悔も満足も掴めなければ生まれない。
 それはとてもシビアで、だけど絡まって、生きている。

 …触発されて詩人になれそうだな、竜二くんが腹に今何かを抱え銀座に来るのは、間違いない。

 と、言えば。

「そういや伊織ちゃん」
「はい」
「君、フグ飼ってたよね」
「はい、そうですね。シロウちゃん」
「シロウちゃんって言うの?」
「そうですよ。ちょっと白っぽくて四番目子だから、シロウちゃん」
「そうなんだ」
「シロウちゃんがどうしたんですか?」
「ぼんやりふと思って。遠目からしか見てないけどシロウちゃん、小さいよね」
「あぁ、そうですね。サブちゃんの方が大きかったかも」
「そうなんだ。あれってあんなに小さいけど、毒あるの?」
「…どうですかね、ルーツは熱帯魚屋さんだったんで、なんとも言えないかも。ウチの子は貝とか食べないから、ないかもしれないです」
「…そうなの?」
「はい。フグってみんな最初から毒があるわけではないらしいです。ただ、フグが好む貝類にある毒を溜め込める体質だから、テトロドトキシンっていう毒なんですけど。それが蓄積されているって仕組みらしいです」
「…へぇ、そうなんだ。
 あ、貝を食べて食中毒に〜とか、あるよね確かに」
「はい。熱にも強い毒です。
 フグがお腹に溜め込むテトロドトキシンは神経毒で、青酸カリよりも強い毒ですが、その毒はアルカロイドという種に分類され、鎮痛剤にも実は入っています。アルカロイドは…イメージ的にモルヒネに近いもので、なので中毒性があります」
「詳しいね流石飼い主だ」
「いや前の…ジロウちゃんが死んでしまったとき、リュージが食べようと言ったので調べました」
「あんなちっちゃいのに!?」
「フグを食べたことがないらしいです。それにしても一瞬で飲み込めるサイズだし、からかったんだと思いますけどね」

 流石ズレている。

「ん、鎮痛剤にも入っているって言うのは、…まあ、大丈夫なんだよねきっと」
「薬剤師さんが色々頑張ってるみたいです。
 私が飲んでるのとか打つのはもう少し一般のより強いですけど、でも大丈夫です。
 手術の時に「これ以上のはダメだ」というくらいのを点滴するほどだったんで、治っても、並大抵の薬では利かないんです、頭が覚えちゃって」
「…うわぁ、難しいもんなんだね…。伊織ちゃんなんか、ホント幸せになってね」

 フグの話からそんなことまで発展してしまった。中毒。流石だ。
 それは見えないがゆらゆら、確かにある、誰にもわからないものが。

 暫くして有楽町駅で伊織は「もしもし」と電話をし始めた。
 「逆の口」と言っていたので、そうか宝石商に行こうというなら、なんとなく景色的にあっちへ行くよな、とぼんやり吉田は思う。

 電話を切ってすぐに現れたリュージはギターを背負っていて、「どうも」と、「うわヨドバシある」と、相当浮いていた。

 「よし、送り届けたし俺は帰るね」と吉田は言って電車に乗って帰って行った。

「…用事って、どうしたの」
「あ、まあ済んじゃった…と言うか。取り敢えずこの辺何あんの、てか飲んでたんだっけ」
「うんすぐそこで。ビールの自販機ある」
「ははは、らしいなぁ。吉田さんそれOKなんだ」
「うん」

 笑ったリュージは「んーなにあんの?」と、自分から言ったわりには、そんな調子で。

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