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 吉田がドアを閉めた音で「あー、やっちまったかな」とリュージは言った。

「逆にズタズタにしたかなぁ。
 って俺が気にすることじゃねぇんだけどさ、どーかと思うわやっぱり」

 伊織はそれには答えない。
 恐らくは不貞腐れているのであろう態度だと、リュージが見て取れるほどに伊織は露骨に水槽から目を離さない。

 ふぅ、と溜め息を吐いたリュージは食べ終わった皿を流しで洗う。

「…あれが金曜日の先輩か。真面目そうな人だと思うけど、意外だな」
「……明日映画に行こうって」
「いまの後じゃ行かないだろうな」
「余程観たいんだと思った」
「まぁ余程観たいんじゃん?お前と。なんで俺がこんなこと言ってやるかよくわかんねえけどね」

 ふと伊織が壁のリードに手を伸ばし、ちゃらん、と弦を一撫でするのに「触んなボケ」とリュージは窘め、皿を食器掛けに掛けた。
 それでも伊織はじゃらんじゃらんと弦を撫でる。

「マジズレっから、大差ねぇけど」
「…グラシアと対バンってなんで言ってくんないの」
「余程だな。つーかサンシャイン、サポートだし」
「知ってるけど」

 仕方ねぇなと言いながらリュージはまた座り「何マジで」と言えば漸く伊織は水槽から振り向き、テレビ側に向いて座り直し勝手につける。ニュースがやっていた。

「終電はありそう」
「ここはタクシーっしょ」
「タクシーで帰って来た」
「でしょうね。あの人いくつ?」
「35」
「良い歳じゃん。お前と3ヶ月くらいだったか。指輪もねぇし結構マジなモーションじゃね?」
「そうかな」
「酔った勢いっつったっけ」
「うんそう」
「へぇ」

 「どんな感じ?」と言いながらテレビから、リュージの顔が間近な景色に変わる。東京都新宿区で刃物を持った男が現在逃走中とだけ聞こえる。

 「こんな感じ?」とリュージに両肩を掴まれた伊織はベットに押し倒された。足まで乗せられ気付けば乗り上げるリュージに「大方」とだけ答える。

「新宿がお流れになったわけだよな」

 左胸にふんわりと手を置くリュージの手に自分の手を重ね制しながら「うんそう」とテレビを見る。昼頃のニュースで目撃者の声は機械的。

「触らないでよ」
「なんで」

 リュージが聞くと伊織はふと笑い、「マジズレる」と言った。

「何それかわいーじゃん、ズレるわけねぇよ」

 リュージが鼻先を首筋に付け「鉄板焼?」と聞くのがくすぐったくも鳥肌が立つようだった。

「うんそう。シャワー浴びたい」
「あっそ」

 リュージが退けば伊織は自然と起き上がる。
 何故だかリュージは伊織の後ろで「ははっ、」と、楽しそうに笑った。

「休憩とフリータイムと宿泊がございますけど」
「宿泊後にフリータイムぐらい」
「…くどいな、」

 次のニュースは品川区の路上で事故。対向車線にはみ出した容疑者68歳男性が死亡したそうだ。

 世の中、良いニュースはやらない。たまには、パンダがいまどうしているのか、興味はないけどそれくらいのを一瞬挟んで欲しい。どうせ次はいまいちよくわからない政治とか、どこか大手の不祥事だろう。

 「俺も歯ぁ磨くかな」と言ったリュージに返事はしないが一緒に洗面台へ向かう。

 ほぼ共に洗面台に立ち、伊織はシャワーを出してから脱ぎ始め、リュージは歯みがき粉を絞る。

 リュージは鏡に写る伊織の全裸を横目で見ては確かになと、吉田の顔を浮かべた。

 胸は小さいが形はよく30代の、骨盤から下が少しぽてっとした、けれども尻が小さいシルエット。腰が細いのがなぁ、とリュージは思う。

 嫉妬だったらまだましだったな。
 あの男は一体、この女に何を見てどんな顔をして抱くんだろうと考えるだけ無駄だ。当の伊織は排他的なのだから。

 しかし、特に悲劇のヒロインじみた何かがあるわけでもないから探りたくもなる、それは押し付けだと知らないなんて、まともな人間などこの世界にはいないなと降ってくるようにリュージの頭に浮かぶ。それが、無色透明で。
 そこだけは恐らく伊織と同じ考えだろう、くらいに思えた。

 もしかすると吉田さん、いけるかもね。

 そしたら連帯保証人は先輩あたりに頼むしかないなと考える自分が遠い。いま伊織はどんな思いでシャワー浴びてんのかと、考えるだけ無駄だ。多分何も、考えられていない。

 青のりが歯ブラシについた。歯を磨いて良かったなと、そんな日常的で当たり前な事にリュージは気が付いた。

 明日はそれなら、仕方がないから夜は店からなんかパクって…好きでもなんでもないがSF映画をぼんやり観よう。何故か鳥肌が立った。

 ドアと窓の鍵も閉めよう、刃物を持った男に殺される可能性が0.03%でもあるのが気持ち悪い。ゆったりとした日常の未来の景色が見える気がした。

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