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 「ふ、精々頑張れよ弟弟子」と穂咲兄さんが言い、雀三と去る背中を勇咲は睨み付けながらも見送り、漸く無言で俺の前で胡座をかいた。

 勇咲が何かを言いたそうに、ヤキモキして頭を乱雑で気まずそうに掻く姿に、

「…なんか言われたでしょ、師匠に」

 俺が少し折れた。そうするしかやり場がなかった。

 三味線を眺め、拭いて。さてどうしようかなと思ったときに「聞いたよ」と勇咲が力なく言った。
 手が、止まってしまった。

「…月代太夫の、話を」

 やはりな。

「…そう、」
「依田ちゃん、」
「最期だったんだ。
 俺、勇咲くんみたいに出てっちゃってさ。
 いつでも優しくてさ。ホントは切羽詰まってたのもわかってたんだけど。だからヘラヘラしてるようにしか受け取れなかった。受け入れられなかったんだ、あの人を」
「…うん、」
「違う門の師匠にも、良いと思えば交渉する。相手にされなくても語りを聞いている。俺、そんなあの人、どこか軽蔑やら反抗やらも多分あったんだよ」

 語り出せば言葉は詰まるがどんどん出ていく。

「…よほど尊敬してたんだな」
「だからまさか、…まさかあの日、ぶっ倒れてそのまま終わりだなんて思わなかったんだよ」

 やべ。
 鼻が痛いや。

「別に依田ちゃんのせいじゃないじゃん」
「そうかもしれないけどなんで、なんで変化に気付けなかったかなとか、どうしてもっと芸を、許してあげなかったんだろうって、後悔しかないんだ」
「まだ若いんだよ依田ちゃんは」
「けど、」
「かっけぇなぁ、月さん」

 勇咲くんは漸く笑って言う。

「肺炎とか隠してもさ、自分より未熟な相方に答えようとして、挙げ句ここで死ぬとか、男としてかっけぇなぁ。俺じゃ勝てねぇよ、まだ」
「…勇咲くん?」
「それでよくね?ダメかい依田ちゃん」
「へ?」
「あんた、変態でちょっとずれてるけど真剣なんだな。正直あんたの芸に、あまり人間味というか自己がねぇな、天才ってそんなんなのかなって、家元じゃない身としては思ってた。
 けど違ったね。ヘッタクソじゃん、それ」

 優しい笑顔で語る勇咲くんは、でもどこか燃えているようで。

「多分誰も、あんたの中で追い付こうと藻掻いてる月さんには届かないよ、あんたですら。でもまぁ、いいんじゃね?
 芸道の鬼を受け入れるかと漸く、若輩ながら思ったわ。俄然燃えたってやつ?
 いつか越えてやる。いまはわからんがいつか、死ぬまでには。お互いそうでしょ?雀次兄さん」
「はぁ…うん」
「心に持ってろ月代太夫を。だが俺は俺で…。
 研修7生の意地、見せたるよ」

 そうか。
 受け入れなかったのはどうやら、俺だったらしい。

 どんな芸も受け入れて忘れた気でいた。しかし俺の中のどこかで月さんは生きていて。
 いま漸く、自分の芸や自分を、掴んだらしい。俺があれからやっていたのはどうやら、妄想に近い物だったようだ。

 だがこれも拘りだ。まだまだ長い芸道、捨てる度胸がないが、受け入れるのに一歩、近付いたかもしれない。

「まだまだだねぇ…勇咲太夫、」

 あっ。

「そうだね雀次兄さん。泣くなよまったく」

 不覚だった。

月さん、
やっぱりだから、俺もいつだってまだ笑顔でやりたいよ、文楽を。

愛したいよ、何もかもを。あの頃の俺はでも楽しかったんだって、言えるように。

「じゃ、決意表明したところで、自由にやらしてもらうから」
「…うん」
「合わなかったらまた喧嘩ね」
「…はい、」

 それから二人でひたすらに。
 自由に、最早稽古とは言えないけど。
本気で練習した。疲れるほどに、腕折れるくらいに。

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