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 亀ちゃんが仕事だと伝えれば師匠は俺を連れ、何故か途中で「うらの健康保険や」と言い、区役所に寄ってから亀ちゃんのお店に出向いた。

 亀ちゃんは毎回通り、「あら師匠。いらっしゃい」と、黒い笑みを浮かべてサンタの格好をしていた。
 なんでも25日までは、「トナカイ調教」をするらしい。クリスマス企画と言っていた。

 そして最近定番、ラストツアーを終えたのんちゃんが、18時、早くもカウンターに酔いつぶれて突っ伏していた。

 のんちゃんは最近ちょっと元気がない。

 亀ちゃんは「仕方ないよ」と言っていたが、俺は全体的に今日の話をふっ飛ばし、「のんちゃん、」と、心配になって師匠を置いてのんちゃんの隣に座った。

 「さぁて師匠、クリスマスはトナカイに」と亀ちゃんがカウンターの闇に一瞬消えてトナカイ服を持ってくる中、

「あ、あぁ…」

 と師匠は受け取ろうとして従おうとしたが「いや、待ってくれ亀田さん」と、改まり、両手を引っ込めてのんちゃんの隣に座る。

 のんちゃんは「あははぁ〜、ジャグジーとゴッドさーん」と、顔を上げてめちゃくちゃとろんとろんに挨拶を両サイドにしてくれてからまた突っ伏した。

「…のんちゃん、いつから飲んでんの」
「ウチでは開店からかなぁ。昨夜から飲み歩いてるらしいよ」

 大丈夫かなぁ。

 亀ちゃんはのんちゃんにウーロン茶、師匠には冷酒を出しながら「どしたんですかゴッドししょー」と緩く言った。

「ふむ、」

 と俯く師匠に何かを感じたらしい亀ちゃんは、ジントニックを俺の前に起きながら目配せをしてくる。

「実を言うと亀田さん、少し厄介なお願いがあってやねぇ」
「え?いいっすよ、なにがいいです?亀甲縛り?蝋燭?電気?」

 なんだ電気って。

 「いや、亀ちゃんそうじゃなく」と俺が言おうとするより先に師匠が「いや、そうじゃなく、それもやけど」と言う。

「ん?」
「いやぁ…その、なんだ」

 しかし師匠が情けないので俺に亀ちゃんの視線が来る。

 あぁ、ですよねぇ…。しかしこれ、確かに弟子の仕事だよなぁと考えて、取り敢えずジントニックをイッキ飲み。

「あらあら」

 と亀ちゃんがもう一杯作る背中に勢いで告げる。

「結婚してください」

 こんな時だけ。
 何故間違える。何故噛まない俺。

 亀ちゃん、思わずぴくっとして、背中でもジントニックを作りやめたのがわかった。

「…は?」

 言ったのは師匠だった。
 のんちゃんの突っ伏した肩もぴくっと動いて震えた。

「あ、いや、違う違くて」

 振り返った亀ちゃん。
 物凄く怖い笑顔で作りかけであろう、しかしライムは入ったジントニックを持って振り返り、

「へぇ、」

 バシャッ。
 コップ持ったまま亀ちゃんは俺にそれをぶっかけたのだった。

 驚いたのんちゃん、起き上がり、
 師匠もあんぐりと口を開けて俺を見る。

「……」

 虚しくて俯く俺の頭からライム。
 濡れ鼠になった俺に一間置いてからのんちゃんが、「ちょ、卯月っ、」と、立ち上がって頭からおしぼりで俺を拭いてくれたが。
 俯いたまま見上げた亀ちゃんは顔を引きつらせた笑顔でタバコを咥えた。そして俺に言う。

「やっぱりかこの変態野郎が」

 と。

「違っ、違くて亀ちゃん、」
「お前そう言う、イヤらしい気持ちであたしと」
「違うごめん間違えた」
「何が間違えたんだよてめぇ、」

 顔を完全に歪めて亀ちゃんは俺に言い捨てた。

 のんちゃんと師匠は息を呑み、亀ちゃんはタバコを持ったまま腕組みをして俺を軽蔑の目で睨む。

 店は一気に、音楽以外が止んでしまった。
 一斉に視線が集まっているのがわかる。それに亀ちゃんは嘲笑の口元で「けっ、」と舌打ちをした。

「お客さんすみませんパフォでーす」

 言うも声が低い。

「亀ちゃんっ、」
「なーんだ変態。お前はあたしに何されたいんだクソ野郎」
「違うんだって、ごめんホントに間違えちゃっ」
「だから何が間違いだっつってんだよこのクソ野郎っ!」

 カウンター越しに勢いよく懐を掴まれ、皺の寄った眉間で睨まれた。

「卯月、やめなよ」

 とのんちゃんが止めてくれようとするが、

「てめぇあたしを凌辱すんのかクソ野郎」

 酷く冷めた口調で淡々と言われた。

 流石にそう言われれば俺も、悪いと感じつつもその、着物を掴んだ手を包み「違ぇっつってんだよクソアマ」と言い捨てる。

「あ?」
「間違えたのは謝る、ごめん。言いたかったのはそれじゃない」
「じゃぁなんだよ、あぁ!?」
「落ち着けよ皆見てるだろ」
「うるせぇよ誰のせいだと」
「すまん儂が悪かったぁぁ!」

 師匠が叫ぶ。
 俺を掴んだままに亀ちゃんが師匠に視線をずらす。店中の視線が師匠に向かう。

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