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店の外に出て見上げた3階。俺の劇団“蜻蛉《せいれい》”があるフロア。
まだきっと誰も来ていない。今日は多分、午後から練習やら、なんやらし始めるか。
あいつとの出会いは恐らくそれがきっかけだった。客で来て髪を切ってやって、どこで知ったのか、仕事終わりに現れたあいつをそのままホテルに連れ込んだら役者志望だと言っていた。
所謂、そういうことなんだ。
看板を立てる。カット8000円とか調子に乗っているがこれだけではない。
カット、なんでもと丸字の間に吹き出しで付け足した流し字は俺だ。丸字はバカ高崎。字からしてアホ丸出しだが、一応、軽井沢さんが店を立てる前の職場からの先輩だ、残念ながら。
たまたま空いていた同じビルの3階に劇団を作った。これは大学サークルのノリに近かった。だが、ハマったのも事実だ。
なんせ知り合いにちゃんと女優はいる。妻だった女の知り合いで、共通の友人だ。俺たち夫婦は美容学校の演劇サークルで知り合ったのだ。
店に戻れば、なんとなく、二人とも仕事モードというか。
「さぁやりますかねっ」
戦闘モードと言うか。
しかし客はなかなか来ないのがこの店のいいところで。
「で御波ちゃん」
戦闘モードながら30分無言を貫き通してから話せる、仕事モードでの会話。
「なんで黙ってたのさ離婚」
「色恋沙汰って仕事で一番厄介だと思いまして」
「タオルズタズタにされるより余程マシだがな」
ぎくっ。
それはちゃうよ。
「いや軽井沢氏、それはですね」
「いきなり氏か。お前の正直さ好きだよ。タオルは何故関係あるのかな御波氏」
「あんたマジ酷くないですか?
いやふと、首くくった某バンドマンを、先輩のパンチ効いた成りで思い出したまでですよ」
「あ、そのネタとかちょー時代ぃ。御波ちゃんもおっさんだね。多分今の若い子わかんないよっ、」
「つか多分俺世代じゃねぇかそれ」
「アハハ、大和さんおっさんだね」
「そーだね満。頭おかしいなお前のテンション」
けっけと面白そうに笑う軽井沢氏、ちょっとカッコいいわ。ベタベタする高崎ホントタオルで絞め殺したいなぁ、なんなのお前。
そんな雑談をしていたらボチボチお客さんは入ってくるようになり。
気付けば、昼過ぎ。
14時近くなって珍客が訪れた。
「いらっしゃいあれ?」
軽井沢さんが変な挨拶をし、高崎が「まぁ!」となったので気が付いた。
「な、」
なんと。
「那由多ぁ!?」
那由多が店に来た。
ちゃんと、なんか妙な色合いだけど薄い青色のチェックシャツと灰色のパーカーに七分のカーキ色パンツとかいう微妙さだけど。女子かよって感じだけどなにより。
「生きてたー!」
これデカイ。
着ているパーカーもデカイ。誰のだこれってよく見りゃ俺の私服やん。なにそれ彼シャツかよいやぁそれだけで脳内薔薇色ですけど。今日残り頑張れちゃうかもしれない。
てか。
「…生きてるよ」
「やっぱり那由多くんか。一瞬見間違ったけどそうだよね。
いらっしゃいどーしたの?」
「こんにちわ師匠さんに…オカ」
「高崎先輩な那由多。軽く誤爆だぞ今の」
確かに毎回仕事の愚痴で、オカマザキと言っていたからな。
「那由多ちゃん今日も可愛いねぇ、髪は御波ちゃん?」
「はい、まぁ…」
「あやっぱりー!御波ちゃんこの前」
「シャラップ高崎さん。黙ってマジ黙って。
どーしたの那由多。外出れたか。買い物?大丈夫?変な人に拐われそうになったりしてない?こーゆー人についてっちゃダメだよ?」
「ふはっ、」
「え、ヒドっ、」
「大丈夫。はいこれついで。
すみません二人とも。ウチの人、よろしくお願いします」
持っていたクリアケースを渡され、二人に頭をペコリと下げてから「では」と、あっという間に無愛想に店を出て行った那由多の背中を見る。
ん?
「うぷっ、」
「ウチの人って、え?御波ちゃん?」
「あぁ、はぁ…」
ん?
「なんだそれ」
「ふっはー!
ダメダメもー俺耐えられない、ひぃぃ、おもろっ、なにあの子!すっげ、天然突き抜けて罪だな御波」
「あぁ、はぁ」
「でも可愛いぃ〜、」
「いや、」
ふざけんなよ高崎。
「あいつマジぃ…。
クソほど物臭な引きこもりでヤバ気なヤク中情緒不安定だし感電とか言ってホントは薬飲み過ぎて2日ベッドの上で失神して連絡取れず行ってみたら|葉加瀬《はかせ》みてぇな髪型でゲロ吐いて夜中魘されながら何度も起きちゃって自律神経ヤバイとか言っちゃう女子みたいな頭おかしいヤツだからマジあんたやめた方がいいよ」
「え」
「うわぁお前…」
あっ。
色々誤爆。
「お前だからイライラしてんのか今日」
「いやぁ…」
「御波ちゃん…大変だね」
「いや違くて」
そして。
「あっ、」
オーナーがふと外を見て言う。
店の扉が空くチャイムが鳴って。
背を向けてた俺振り向けば。
「あ゛っ、」
ゆるふわパーマ2。
丸首シャツの、いかにもかわいらしーい、しかしヤツよりおしゃれなフリフリシャツにリボン?返って大胆だ。それにチェックズボンとかマジ、王子様しか許されないやつ。しかも二次元。君って凄い、違和感なくそれ着こなせるとか。
劇団員あるある?違うよなこれ。
それが爽やかに「こんにちわ」と、落ち着いた少し低めの、しかし少年声で言うもんだから気が気じゃない。
だって恋人っちゅーかセフレっちゅーか、それが、俺の職場に来るのはいい、覚えがある。
しかしこれはアレとすれ違っただろうかとか。
てぇか、師匠やら先輩やらには凄く可愛らしく爽やかに微笑んでいてキラキラしてて思わず二人ともそれに閉口してるのに俺にだけ、
「雨祢さん、話って、なんですか。
あ、後でカット、お願いします」
と一万を上司に見せつけるように、すっごい冷めた目で見られてみたらもう場は氷山。
「あ、あぁ。ありがと。
御波、お前昼飯行って来い」
ですよねぇ。
察したのか、引きつった笑顔のオーナーを見て俺は溜め息を殺し、「…行こうか、綺斗《あやと》」と、肩を掴んで促した。
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