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すぐさま駆け込むように真隣のビルの喫茶店に入った。
汗がどっと吹き出してすぐさま「コーヒーを、アイスでぇ!」と、席に案内されるのと同時に頼んだ。
そんな俺とは真逆な態度で綺斗は店員に、「アイスココアでお願いします」と注文。
くぅぅ。素で可愛らしくてえげつねえ。
「あの、綺斗くん、さん」
「なんですかそれ。あの、雨祢くん?汗が尋常じゃありませんが大丈夫ですか?」
至極つまらなそうに言う綺斗に。
あぁそうかと。
納得した、というより、腑に落ちた自分がいた。
「あれ、雨祢くん」
そして。
運ばれてきたコーヒーを受け取った俺の手を見つめ、綺斗は少し、驚いた。
「指輪、仕事ではしてないんですか」
「ん?うん、まぁそれもあるけど」
「離婚したんですか」
少し声を上気させたのがわかった。
これは果たして、どういった感情か。
「そうだよ」
「あぁ。
もしかしてその話ですか」
少し安心したように見える。
だが悪いな、綺斗。
「そうだね」
しかし綺斗の表情はまた堅くなる。
思慮深く見つめてくる目は、那由多と同じで茶色の薄い色なのに。
「…どうして離婚を?」
聞きながら少し震える瞳はどちらかと言えば、感情の。気の強さがある瞳だった。
「親戚を引き取ることになった」
「それで?」
「まぁ、色々訳ありな子でね。こんな俺でも、唯一の肉親、更正させたいなとか、本気でそれは思ってさ」
「よく、わからないんですけど」
「うん」
「俺は今、多分ですけど…別れ話をされてません?」
「…うん」
「あの子ですよね、きっと」
「ん?」
あの子?
「さっき、劇団に来た子。脚本持って。
一目でそう思って、脚本読んで確信した。前回の脚本、多分この子が書いたんだって。
そして今回の内容…雨祢くん読みました?今頃ステージライトやらスピーカーの調整を、苦労しながらしてますよ。あの子わりと本気ですよ、あの脚本」
「…まだ読んでないけど…」
那由多…。
それで、来たのか。しかし、それは凄く、無理をしているだろうに。
「じゃぁ言いますけど。
あんた何様のつもりなんですか。俺に飽きました?それならそれではっきり」
「君だって。
君だって俺には、恋愛なんて求めてないじゃない」
「はぁ?」
「違う?」
「なに今更言ってんですかあんた」
こうもハッキリ言われてしまうと。
それはそれで傷付くってもんだろ。
「君の才能はちゃんと見ている。だけど、だからこの関係は」
「うざってぇなぁ、あんた」
吐き捨てられた。
嘲笑うように綺斗が俺を見る。
「あぁそう。まぁいいけど。あんた本気でそれ言ってる?」
「…なにが?」
「だったらそうだね、夢観させてくれてサンキュー、クソ野郎。
あんたにはあいつを救うとか、高尚な夢語ってんのがお似合いだよ。
多分だがあいつ、ノーマルじゃねぇよな。
あぁ、まぁ、悪気がねぇなら一回くらい最後に抱いて?意味わかる?」
突然の汚ぇ罵りに一度頭を整理する。
マジか、内なる綺斗。やっぱりえげつねえ。
「いいよなんなら今日は劇団行かないから。
はっ、黙って聞いてりゃ被害者面して解った面して調子込みやがってこのクソガキが。
立てなくなるまで犯してやるよこの淫乱クソビッチ野郎が。職場まできやがってナメんなよ、大体こっちとら昨晩からまともに寝れなくてムラムラして仕方ねぇんだよ、クソ」
「はっ、」
唖然としたように綺斗は笑った。そして言う。
「あんた、紳士的だと夢見てた」
「勘違いじゃねぇか?」
「なんだよ最後に。萌えるじゃん、ねぇ、」
向かいの席からふと立ち上がり、テーブル越しから耳元で吐息のように言われる、「雨祢くん、」と。
「俺にどれだけ好きか見せつけてよ。ねぇ、後悔させてあげるから」
「綺斗、お前さぁ、」
バカたらし野郎、えげつねえ。
不覚にも勃起した。マジで。
「あら、忘れてたね。
あんた耳元ちょー弱いよね」
「お前だって」
イラッとしたのでそのまま首筋にキスする勢いで「ちょー首筋弱いよね」とドエロく囁けば。
ささっと離れてすてんと座るのに笑ってしまった。
「…公然ワイセツじゃないの、あんた」
「なにがぁ?よくわかんないけど」
「…うざっ、」
「大丈夫?立てるかい綺斗くん」
俺は立てないかもしれんがな。しかし然り気無くポジション変えて多分誤魔化しきれないけどまぁいいやと立ち上がり、手を差し伸べた。俯いて手を取り、「ガン勃ちじゃん」の綺斗の小言は、那由多流突発性難聴を発動。
「ねぇ」
会計を済ませ、俺の気分は上々。
「あのさぁ」
「ん?」
「…やっぱ帰る」
「だめー」
「なんだよ!」
「お前が悪いよね」
「まぁそうだけどさぁ!」
「なんだよ、さっきの勢いはどうしたよ」
「…いや心変わりみたいな」
「猫かよ」
「そうじゃん!」
「じゃなくて!
忘れられないやつをお前にやるよ、綺斗」
「えっ、」
立ち止まり、俯く。
振り向けば、睨み上げる照れ隠し。この期に及んでえげつない。
めんどくさいな。
ふわっと頭を撫でて柔らかくなった瞳が堪らなくなってふわっと抱き締めれば、視線をふと横に外すのがまた堪らない。いちいちえげつない。これホントに計算だろうか、なら怖い。
「…公然ワイセツじゃないかな」
「まだまだ序の口だよ。もっとする?」
「いや、劇団前だからやめとく」
店をふと見れば。
口元押さえて受けてるオーナー、両手で口元押さえて目がキラキラな高崎が見えた。もう聞こえてくるようだ。オーナーの「ありゃぁ」と高崎の「きゃー」が。
「…お金払っちゃったから挨拶しよっと」
「は?」
ん?
ぱっと、気まずそうでもなくあっさりと離れた綺斗はさっさと先に店に入ってしまった。
なんだろ。
今の若い子マジ怖い。
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