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ここに自分が来るのは、何度目なんだろうか。まだ錯乱はしない、昼の、消毒液の臭いがする場所。
雪の母、森山知子《もりやまかずこ》はベットにいなかった。自分が来て良いものなのか、陽一は昼のカーテンが舞うそこで思った。
「森山さん、リハビリに行ったみたいだよ」
来るまで暇だろう、食うかい?と同室の老人がみかんをくれた。少しもごもごしながらも、その老婆の孫と同じくらいの歳で、老婆は暇と喜びを陽一に語ってくれた。
お陰で小枝のように窶《やつ》れた、覇気のない白髪混じりの三つ編みに気後れしてしまった。
「陽一くん、ですか」
と、看護師に支えられて掠れた声で言う彼女は小さく弱々しい、年月を感じたが、純粋な黒い瞳で微笑むその表情は、確かに毎度雪の母だと感じるのだ。
「どうも」
と陽一は看護師から知子を預りベットへ座らせれば「暫くぶりですね」と柔らかくも掠れた出しにくい声で知子は言うのだった。
「ご無沙汰してました、1年ぶり、ですかね」
「そうですね」
「知子さん、元気そうでよかったです」
「はい、最近は…」
きっと、そうでもないのだろう。
看護師から知子の肩を預かったときに、軽さを感じてしまった。
どの面下げて、言えるのだろう。
「…陽一くんも、元気そうで、なによりです…」
「はい、おかげさまで…」
沈黙は嫌だった。
この人を前にしての空虚だけは、どうしても雪のそれとは違う。知子には、心労が見える。
「…先日、雪くんに会いました、」
「雪は…」
元気ですか。
言えずに微笑んだのは、読める。「元気でしたよ」と間を詰めて言ってあげるしかない。
「…そうですか」
俯きがちに、それでも少し嬉しそうにしてくれる知子には、本当はもっと喜んで欲しい。どうやら、暫く雪は知子の元へは来てないようだ。
知子にどうやって切り出そうか、それは心を砕く問題である。
「…おかわりないですか、知子さん」
「…はい、そう…」
すみません。
聞こえるような気がして「なによりです」と陽一はそれを噛み砕く。
何から話せば良いのか、これは却って、雪の時のように直接当たってしまって、砕けないだろうかと姑息な気がしてしまう。知子は、きっと知らないでいる。
だが、用件はわりと重大だと振り払った。
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