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自然と、脳内のどこかが痺れて痙攣、あの眩暈に引っ張られるようなサイレン、どこだ、右脳なんだな。そこが難聴の時のようにぼやけていくと感じるのに、ゆっくり早く医者の前、霊安室の前にいて。
そうだ、と思い出した。
クリアに、ホワイトノイズのような余韻もなく、その白い盛り上がった布と線香の靄で全ての雑音が火花を散らし、一気にすっ飛んでしまった。
けれどどうして、遠く感じるのだろうと乱視の右目がオレンジの蝋燭を捕らえきれていなかった。
心臓にエレクトリックの空白を作った、その空洞に入り込む、息が止まりそうな現実。
生気はどこにも感じられなかった。
言葉を失ってしまった雪の左耳に入る聞き取りにくい「疲労死です」。
ぎこちなく医者を見れば少し頭を下げ、少し廊下を見てから立ち去っていった。
母の、疲れた笑顔がフラッシュバックのように脳に浮かぶ。ただ何も雑音はない、とっくにチルアウトしている。
引き込まれるようにその遺体の側に寄って、被された布を取って。
何故だろうか。
母は寝ているわけではないんだなとそれだけで雪は認識した。唇も真っ白で、頬は骨質を感じるように痩けていて。驚くほどに老けて見えたが何故だ、穏やかにも見えて。
気付かず母の頬に伸ばした自分の手が本態性振戦のように震えているのが視界に入る。目を瞑って漸く触れたらなんだか、温かくも硬くもないのに皮膚を感じる、今までに出会いのない感触だった。
「雪ぅ、」
浩に殴られた後、そう嬉しそうに言うクセに息荒く、笑って自分を抱き締め、髪をくしゃくしゃに撫でた母を思い出して。
でもこれは本当に母なのか。実感がないくせに胸が痺れ、だんだん強く、痺れ、夢のようなこの幻に、眩暈がするように甘さと……息苦しさを感じて。
眉間に皺が寄って徐々に開く乱視はなかなか視界を静めてくれない。それでも俯いて歯を食い縛った。それに呼吸は荒くなる。テキーラの腹残りに「……っ、」声にならない嗚咽と粗い息が漏れていきそうだった。
母さん。
そんな言葉しか胸に浮かばない。
「雪っ、」
入り口から陽一の息を枯らした声がした。
雪は無理矢理深呼吸をして振り返ったが、表情は変えられない。
静かな間は見えず白かった。
ホワイトノイズは、全ての色を混ぜて白くなり無音になる、そんな意味合いがある音楽用語らしい。これはそう、ホワイトノイズのような自然現象。
長く、どれ程長く間を取ったかわからない。心配を越えて信じられないと、受け入れない陽一の表情がよく見えるようだ。
雪はきつく手を握り震わせて食い縛っている。声を捻り出そうといま、している。
「……疲労死、だって、……!」
表情は笑顔でいてみよう、そう思ったがそれは氾濫した、一筋乱視の生温さが伝ったと陽一も雪もわかった。わかったらもうシンプルにダメだった。
取り繕うようにただ腕で涙を拭い口元が埋もれてしまった雪に引き込まれるように寄った陽一は、布が捲られた知子の死に顔を見て「…綺麗だな、」と漏らした。
「寝てるみたいじゃないか、知子さん」
そうか。
空を映した透明な水は、乱反射で青くなるのなら。
同時に二人は遥の死に顔を思い出した。切れて生気のない青い唇、鬱血した頬。
唇が切れボロボロになった陽一がその面構えでしゃがみ、知子の手を取り、そのまま俯いてしまう。
「…ごめん、」
誰に言ったのか、雪自身もわかっていない。けれど両手で自分の顔を包み嗚咽を漏らして「ごめん、すみません、」と言うのを陽一はどうしてか止めてやることが出来なかった。
あのとき姉ちゃんに俺も多分たくさん謝った。それしか出来ることがなかったんだと、だからその謝罪に「大丈夫、…大丈夫…」と、よくわからないまま呪文を唱えることしか出来ない。
過去と現在が混じり合って、溶かし合って、時が一つになる。いつも彼女たちは光のようで、影のようだった。今この空間の空気は透明で白い。
無色透明を見た人間は一体どこにいると、言うのだろうか。ぼんやり、じっとり透水している、この世界に。
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