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 葬儀社との連絡は、青柳清一郎が病院との電話で済ませたようであった。

 陽一が青柳に死亡確認の電話をして清算、死亡診断書の手続きを済ませればあとは、組の者が知子の遺体を葬儀社の安置室へ運ぶという手立てだった。

 病院から死亡通知を受けてすぐに青柳は葬儀までの手立てを済ませてくれたようだった。
 雪は一度遺族控え室に移動したが、案外あっさりと陽一がそこに戻ってきて、死亡届けを翳したのだった。

「…これ、知子さんを運ぶときに持ってなきゃ行けないらしいんだけどさ…」

 言いにくそうに言う陽一を見上げれば、やはりぎこちなく、そして傷付いた顔を痛そうに緩める。

「ごめん、俺の時はさ…あの場で全部青柳さんがやってくれたから、あんまりそういうの知らなくて」
「…そう、」
「あとは…まぁ、車が来るまで待機かなぁ…一応、俺がこれ持ってけって、言われたんだけど…」

 「いてて…」と言いながら隣に座る陽一に、「聞こうと思ったんだけど」と言い、渡そうか渡さまいか躊躇った位置に持たれた死亡届けを、雪は受け取ることにした。

 父が、これを望んだのかもしれないと、姿も声もないが、感じ取った気がした。

「…どうしたの、それ」
「いや…ちょっと」
「…まぁ、」
「青柳さんに殴りかかろうとしちゃったんだよね、俺」
「…え?」
「ちょっと、色々と…」
「…マジで言ってんの?」
「そんな嘘吐いても仕方ないだろ…」
「ふ…、」

 至極真面目に言う陽一に、少し和んだら笑ってしまった。陽一はそれにばつが悪そうな顔をした。

「…笑うか普通」
「いや、ごめんごめん。予想してない発想だったから」
「…まぁね…」

 お前のこと聞いたり姉ちゃんのこと言われたり、凄くなんか、腹立ったんだよ。俺が言えた口じゃないけどね、痛いし。

「ちょっと、だからなんか…きっと今知子さんなら心配してくれてる」
「あぁ…そうだねぇ」

 のんびりとした口調で同意した雪はふと前を見て口を閉ざした。
 少し間はあった。

「…母さん、お喋りだったでしょ」
「ん…?うん、…案外」
「そう、あの時期、よく聞いたよ、陽一のこと。だからまぁ、来てるの知ってたから会わないようにしてたんだけどね」

 そうだったのか。
 なんとも言い難い気持ちになった。

「…陽一は母さんと、どんな話をしてた?」
「…え?」
「俺はわりと聞くばかりで、案外母さんと話してないんだ。…仕事の話くらいかな、多分」
「あぁ…」

 けど、陽一は雪がちょっとヤバい店で働いてるだなんて知らなかった。でもそうか、知子と再会したのはここ一年半だったんだと思い返す。
 お喋りな知子からもその話しはされなかった。果たして、知子はそれを知っていたのだろうか。

 最初に知子と再会した日を、陽一は思い返してみた。

「あぁ…そうだ。俺から話を振ったんだ、そういえば。
 何話していいか、わかんなくてさ。思い付いたの、雪の話だったんだ」

 雪は黙って陽一を見つめた。
 自分の話なんて、聞きたくもなかっただろうに、だけど陽一はやっぱり痛そうににっこりと懐古するようだった。

「…やっぱり知子さんも、そうだったみたいだったんだけど、お前の話を振ったら嬉しそうだったんだよなぁ。最近仕事が楽しいらしいとか、そういうの。
 あ、音楽の話とかさ。それでお前があそこで働いてるんだって、知った」
「あぁ…。
 母さん昔からよく、鼻唄歌っててさ。なんか、そう。ディスコで父さんと出会ったらしくて」
「あ、それ俺も聞いたなぁ」

 そうだったのか。
 それで働いたわけでも、なかったんだけど。そうだったのか。

「…陽一が出世街道に乗ってるらしいとかも、聞いた」
「あぁ、そうなんだ。けどどうかなぁ。辞めるかも。ヤクザ向いてねぇって言われたし」
「…あぁ、それは同意だね」

 ちょっとは笑ってくれたが、やはり少しだけだった。
 胃のあたりを無意識なように擦っている雪に、なんとなく陽一は昼間の話を思い出した。

「…田野倉卓に、会ったよ、今日」

 口をついてしまえば雪は少し驚いたような目の色をした。

 まぁ、当然かもしれない。
 けれども雪は「奇遇だね」と言う。

「俺も今日、会った。やっぱり陽一絡みだったんだ」
「…やっぱり?」
「なんか意味深だったと言うか。追い返しちゃったけど」
「…まぁ、う〜ん…」
「ピンハネがバレただけか、なーんだ」
「いや…」

 というか。

「え、お前さぁ、」
「あれ、違うの?」
「いや、合ってる。見ヶ〆で駄々捏ねてさ」
「あー、そうなんだ」
「えっと…」

 これはまさかの話題にどうしたもんかと陽一は考える。

「まぁほら、言うなら俺もピンハネしてた側だからなぁ。話していいかわからないけど。そんなに酷くなったんだあの店」
「え、ちょっと待ってメンタルついていかないけど」
「やっぱりヤクザ向いてないね、陽一」

 こんなに真っ向からこられるとそりゃぁ、困るだろう。しかし当の雪の方が肝が座っているもんで。

「そんなんじゃ三下に潰されちゃうよね。まぁ、あの人はそれ以下だけどさ」
「うん…まぁ」

 もしかすると雪は浩の件は知らないのか。
 いや、だとしたら含みがある。要するに田野倉は、雪の元へは自分を潰しに来たと言うことか。

 けど、なら。
 言わなくて良い事案だろうな。これは。

「…やっぱ辞めようかな」
「なりたくてなった訳じゃないしね、良いんじゃない?」

 …そうか。
 こうもあっさり、言うのか。
 少しだけ雪が吹っ切れたように見える気がした。
 けどもやはり続ける、「…俺が言えた口じゃぁ…全然ないんだけどね」が、重々しかった。

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