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それから色々あったが、ついにクリスマスイブの前夜の前夜、22日の金曜日。
流星は部署の皆に、最近日本に上陸した海外の有名洋菓子店のリンゴケーキと、缶コーヒーを配り歩いた。理由は「クリスマスだから」だった。
わりと好評だった。
「部長…凄いっすね」
「この店ってえ、並ばないと買えないって」
「へぇ…そうなんだ」
ただ単に昔のよしみ(保護者がクソみたいに食い物に対し異様な高級思考執着心があったよしみ)で案外あっさり買い入れられたのだというのは黙っておいた方が良さそうである。保護者と、昔のある意味よしみであった政宗なんかはピンと来たらしく、「あの野郎か」と呟きながら食べていた。
「流星さん、案外こういうとこありますよね」
慧《さとし》さんがふと、リンゴケーキを眺めながら言った。
「と、申しますと?」
「なんというか、嫌味抜きにして純粋に、お洒落ですよねぇ」
「え、そうなんですか?」
そうなのか。
「多分そう言うところです」
愛欄《あいら》も慧さんの横でうんうん頷きながら言う。
そうなのか。これって洒落てるのか。
「というかなんでこーゆーとこだけマメなの?」
「いやぁ、そう言えば当時部長もこうして差し入れしてたなぁと…」
部長。
そのワードに部内は少し引っ掛かりを覚えつつ、潤は「そうかい」と流した。政宗が、そんな二人を眺める。
「まぁ確かにこれ、あいつの受け売りだよな。グルメだったからなぁ、ムダに」
「そうですね」
「これは昔の…お知り合いの?」
控えめに瞬《しゅん》が向かいのデスクから聞いてきた。
さあどう流星は答えるのだろうかと政宗も潤もちらっと見たが流星は意外にも懐かしむようなすっきりとした表情で、「そうそう」と答えた。
「俺がお洒落と言うよりはそいつがちょっとうるさいやつだったんだよ。例えばこうして何?霞《かすみ》が今言ってたように、並ばないと本来買えないようなケーキだったりな」
「はぁ、そうなんですか」
「けどそうなんだ…これって並ばないと買えないんだね。俺それ知らないんだ。
てのもね、そいつはめんどくさがりだからすぐ気に入ったらそれの関係者とかと友達になっちゃって。案外苦労しないで物が手に入っちゃうわけよ」
「あぁ、確かに…」
ヤケに語るなあ。
なんか、流星のなかで良い思い出なのか、気紛れなのか。
「だから実はクリスマスもよく知らなかった。俺世間知らずなんだよ、自分で言うけど」
その笑顔は案外。
濁りなく純粋に爽やかなものだと、過去を知る潤や政宗ですらも感じた。
こいつ、なんかあったのか。
てか、吹っ切れたというか決心でもしたというか。
「なんだか…。
流星さんにとってきっと、その人は大切な人なんでしょうね」
「うん、まぁ」
語る彼はわりと誇らしげなような、嬉しそうなような。なんとも言えない表情だから。
「良くも悪くもね」
なんにせよ。
流星のなかで今日の部署のクリスマス感謝は成功だった。これは自分のなかで切り開いた、ヒーローに頼らず出来た小さな日常の歴史だった。
そしてもう二つほど今日は任務がある。
喫煙所へいつも通り向かう際、「クリスマスね」と言い、コンビニに寄って政宗と潤にタバコを3箱ずつ買った。
「さんきゅ…」
「さんきゅ、どうしたのお前」
「感謝クリスマスだよ」
「…なるほどね。変だけど…」
「まぁ、お前らしいよな」
受け取ってくれた。そのお返しに部下二人はそれぞれ、政宗はタバコ2箱、潤はコーヒーを3本奢った。
「お前のタバコは俺のより20円高いからな。1箱減らす」
「そんなにタバコ要らないでしょ?俺は嫌いだけどあんたら好きだったんだから飲めよその泥水色の飲みもん」
だそうだ。
上司を立てているのか立てていないのかよくわからん謳い文句だが、それもらしいと感じた。
「俺もクリスマス決まったよ」
「へぇ、財閥の息子?」
「ヤクザのだよ」
意外にも潤は潤で満喫していそうである、あの子供と。最初は子供を預かることに情緒不安定になって泣いていたくせに。
一週間と最初は言っていたが、どうやらまだ預かっているようだし。とは言っても部署に来たのは二日ほどだったが。あれはあれで新鮮だった。
「なにすんの?」
「夜景を観に行ったり、色々だよ」
「なんかそれガキっぽくないな」
「それも味なの」
そういうものか。
しかしあいつもそんな風に、なったのか。
いつの間にか。
一人で奔放する日々はとうに失っていた今年の年末。
来年はどうだろうかと部署のメンバーを頭に浮かべて。
確かに、来年の今頃には元居た課へ戻り事件は終息していて、樹実の遺していった全ても解明出来ていたらそれが一番良いのだけど。
ただここは彼が間接的に与えてくれた居場所ではある。皮肉ではなく純粋に。この言葉、こんなときにも使えるのかと知る。
樹実。
あんたは俺にとって。
良くも悪くもヒーローだ。それを失った今、俺はそれでも生き長らえているんだよ。
来年には、安定しているだろうか。
俺はそしたら、何してるんだろうかと、遠くないはずの未来を思う。
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